第4話 竜の加護
「帰れないとかじゃなくて、帰っても、またこっちに来てしまうって事っすか?」
アージェさんに告げられた内容は、つまりそういうことだろう。
とはいえ、原因がまるで思いつかない。自分が此方に来てから何かしてしまったにしても、あまりに心当たりが存在しない。
困惑する自分へ声を掛けてきたのは、意外にもアージェさんではなくギラファさんだった。
「蜜希、君、此方へ来てから私と出会う前、――そうだな、岩蜥蜴に襲われている時、何か違和感を感じなかったかね?」
「違和感っすか? いや、特に何も――」
いや、あった。あの時は夢中だったから気が付かなかったが、今にして思えば、
「そういえば、やけに足が速かったような気がするっすね」
自分の身体能力的に考えれば、あれだけの速度で逃げ続けられたのは少々おかしい。あの蜥蜴も、大きな体の割に動きも鈍重というほどではなかったのだから。
「とは言え、それが何で帰れない理由になるんすか?」
「それはね? 蜜希ちゃんに竜の加護が掛かっているからなの」
「竜の加護?」
「ええ、それが蜜希ちゃんと此方の世界を強く結び付けてしまっているから、向こうに帰っても何かの弾みで門が開いてしまう可能性があるのよ」
つまり、先程アージェが言っていた手順とは真逆の事が突発的に起きてしまうほどの繋がりが、その竜の加護とやらにはあるということなのだろう。
しかし竜……となると思いあたる節といえば、
「こっちに来た直後、なんか赤い竜と視線が合ったっすけど……え? あれだけで?」
「……赤い竜、視線だけで加護を授けたなら、焔皇竜だろう、奴は極度の世話好きだからな」
「でしょうねぇ、多分蜜希ちゃんの後ろに岩蜥蜴が見えたから、軽い餞別のつもりで加護を投げたんじゃないかしら?」
「そんな駅前でティッシュ配ってるみたいに授けていいもんなんすか? 竜の加護って」
普通竜の加護といえば、激しい戦いの果てや、呪われた血筋とかで授かる物語の鍵的なものではないのだろうか。それがそんな気軽なノリで掛けられたと言われれば、何というか若干呆れてしまう。
「それともあれっすか? 皇とか入ってる割に意外と大したことがないとかっすか?」
「いや、焔皇竜は八大竜皇と言われる、この世界で最強格の一体だぞ?」
「蜜希ちゃんにも分かりやすく言うと、パワーバランス的には一体でアメリカ軍全てに匹敵するくらいかしら?」
「ガチで世界滅ぼせるレベルの奴じゃないっすか!!」
思わず叫んでしまった自分に対し、二人は落ち着けと手で示しながら続ける。
「さっきギラファちゃんも言ってたけど、焔皇竜は世話好きでね、魔物に襲われている村を助けたり、孤高を好む竜としては異質だけれど、人と関わることが好きなのよ」
だから、とアージェさんは言葉を繋げ、
「どう見てもこの世界の人間じゃなくて、襲われそうになってる蜜希ちゃんをみて、ちょっとした手助けのつもりだったんじゃないかしら? その場で岩蜥蜴を攻撃してたら蜜希ちゃんも黒焦げになりかねないし」
「まぁ……黒焦げは困るっすけども……」
あまりにも気軽に言われたが、軍隊クラスの存在から授けられた加護とかどうしろというのか。
「よし、おっけー切り替えたっす、んで、結局の所竜の加護ってのはなんなんすか?」
字面だけでもカッコよさと凄さは伝わってくるが、実感としてはなんだか普段より疲れにくくて少し早く走れた程度である。
そのおかげでギラファさんに助けられるまで逃げられたのだから、焔皇竜には感謝するしかないのだが……竜の加護という名前の割には地味な効果だと思わないでもない。
「焔皇竜が授ける加護は加圧、君の様に此方の世界の術式を用いないものであれば、純粋な身体能力の向上や思考速度の高速化などの恩恵が主になるだろうな」
「さっき蜜希ちゃんが言っていた、足が速かったっていうのもそれね。竜の加護は意志に応じて力を授けるから、蜜希ちゃんの生きたいって想いに加護が反応したのよ」
なるほど、思い返せばあの時は走りながらだというのに何処か冷静に自分の動きを制御出来ていたが、身体能力だけでなく頭の回転も速くなっていたのならば納得できる。
しかし、加護というからにはいつも恩恵がある様に感じるが、どうも話を聞く限りそうでは無い様だ。
「意志に応じて……ってことは、常に加護の効果が出てるってわけじゃないんすか?」
問いかけに答えたのはアージェさんで、彼女は頷きを肯定として言葉を続ける。
「上位の竜の加護は効果が強すぎるから、常人がフルパワーを常時発揮していたら肉体と精神が耐え切れなくなってしまうわ。だからその人の意志をトリガーとして、それに見合った効果を発揮する様になっているものなの。蜜希ちゃんの場合、こっちの世界の法則にまだ体が慣れていないから、大体身体能力が二割増しくらいになるかしらね?」
もちろん、竜によって色々例外はいるけどね。と締めくくられた言葉に頷きを返しつつ、一息。
「あー、まだまだ分からない事だらけっすけど、一先ず帰れない理由は分かったっす、まぁそもそも帰る気は無いんすけどね」
とは言え、帰らないと帰れないではまた違うことも事実。今後何らかの理由で帰りたいと願ったとして、現状では帰ったところでいつ此方に戻ってしまうか分からないと言う事なのだから。
すっかり話し込んでしまい、冷めきった紅茶を一息に飲み干す。少し渋みを強く感じるが、それによって思考にかかったノイズが洗い流された。
「うん、ウダウダ考えてても仕方ないっすね、さすがに何年も帰らなかったら心配されるだろうっすけど、いつかは帰れるんすから気楽に行くっす」
深みに嵌りそうになっていた思考をアジャスト。今から先の事で頭を悩ませるよりも、この世界を楽しむことに意識を向ける方が自分らしい。
「あ、時間についてはあまり気にしなくて大丈夫、この世界、大体地球より十倍くらい時間が経つのが早いから、こっちで一年過ごしても向こうでは一月ちょっとよ?」
「…………」
言葉に、一瞬理解が追いつかなかった。
軽く片手を立てて二人に見せて、一度大きく深呼吸、それから手を下げて身を前に乗り出しながら、
「はぁッ!?」
なんだか、こうして驚愕するのが癖になり始めてる気がするっす。
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