第36話 決着
おそらく給水塔陰に隠れていただろうアカリさんが、僕らが会話している間に春香に近づいて――なぜ僕や異能力者である春香が気づかなかったのかはわからないけど――もっていたナイフで僕らが動きを止めた瞬間を狙って春香を刺したのだ。
春香の背から血が噴き出す。
「……」
春香は痛みに顔を歪めながら、振り返りざまそのアカリさんの頬を張りとばす。
刺さっていたナイフが抜け、アカリさんが地面に転がった。
苦痛を感じながらも驚いているという表情の春香。
何故……? という顔で、倒れているアカリさんを見つめながら、つぶやく。
「死夜のナイフ……。消隠のアミュレット……」
アカリさんが身に着けていた神器の名なのだろう、それは。
だからアカリさんは僕らに気づかれずに春香の背後を取ることができたんだと、春香の言葉から理解する。
「油断した……わね。跳び出してきた雪也を誤って貫くよりもましだけど……」
春香が背の傷にうめきながら続ける。
「雪也を自由にしたのもアカリだったのね……。でもどうして私を……」
理解できないという様子の春香の前で、打ち伏せられたアカリさんは、ゆらゆらと立ち上がった。
口端から血を流しながら、涙ながらに言葉を紡ぎ出してくる。
「春香さん……。これで……私……春香さんの『特別』になれましたか?」
「アカリ……。私のことが……憎かったの?」
「いいえ。その逆です」
「逆?」
「はい。私は春香さんの『特別』になりたくてなりたくて、どうしようもありませんでした」
「私の……特別……」
「はい。そうです。だから……春香さん。見ててください。そして、私の姿を心に焼き付けてください」
言い終わるか終わらないかといううちに、アカリさんはナイフを拾って自分の喉に当てる。
僕は、あっと思ったが、その僕らが止める間もなく……
アカリさんはズブリとナイフを自分の首に突き刺して……
喉を……掻き切ったのだ。
ぶしゅうと血が噴き出す。
僕の視界を真っ赤に染める。
そのままアカリさんは、その血に塗れながらばたりと崩れ落ちて……
溢れた赤の中で……動かなくなった。
数十秒。あるいは数分。僕らは黙って立ちつくしていただろうか。
やがて春香が、苦汁に歪んだ顔をしてその名をつぶやく。
「アカリ……」
春香が目を落とした先に、アカリさんが血だまりの中に倒れている。ピクリとも動かないアカリさん。でもその表情は幸せに満たされている。僕にはそう見える。
春香の肩が震え出す。
「ちょっと……出直しね」
春香がじっと、僕の顔を見つめてきた。自分の網膜に僕の姿を焼き付ける様に。
「残念だけど、今回はここまで」
「え……?」
「予定外の事が重なって……。どうにも自分の気持ちでさえ今は制御できてないから」
そう言った春香の心の中。春香が何を考えて思っているのかは、僕には見通せない。
「別に雪也のことをあきらめるわけじゃない。私が迎えに来るのを待っていて。今は翠に預けるけど、私はきっと絶対に雪也を奪い返しにくるから。だから……」
春香が名残惜しいという目をじっと僕に注いでくる。
そして――
「待っていて」
言い残して……その未練を振り切る様に、赤く染まっている背を押さえながら……春香が跳んだ!
バリンと壁が破れる様な音と同時に、屋上から飛び降りる。
僕と翠はその場に残され……
二人してたたずむ中、う~というサイレンの音が響き始め……
見下ろすと、学園周囲から突入してくる、機動隊、警察官、消防隊が見えた。
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