第33話 出逢い②

 なんだろう。不思議な感覚。


 二人で一緒に隣り合って座っているだけなのだけど、安堵というか安寧を感じる。

暖かく包まれている様な気持ち。


 もしかしたら生まれた時、お母さんに抱かれていた時には、こんな気持ちだったのかもしれない。


 そんなことを想像して……隣にいるのは年端も行かない子供なんだってことも忘れて話しかけていた。


「私は独り……」


「うん。ぼくもひとり」


「セカイに出てからはずっと独り……」


「そうなんだ。でも、今は二人だね」


 その言葉に涙がこぼれた。


 そして気付くと言葉に出していた。


「ねえ……」


「うん」


「すごく突然で突拍子もなくて我が儘なこと……。思いついたこと、言うけど……」


「いいよ。言ってみて」


「私の……『パートナー』に……なってくれない?」


「パートナー?」


 言ってから、初めての『告白』に顔が赤くなっているのを、頬が熱を帯びているのを感じていた。


 相手は年少の男の子なのに。遥か昔に人間だったときでさえ、告白なんて……想いを伝えたことなんて、記憶にない。


「そう。私の『パートナー』になって、一緒に長い年月を……二人で生きてゆくの」


「けっこん?」


「そうね。ある意味……それであっているわね」


「なら、いいよ」


 自分で告白して、承諾をもらって驚いていた。


 口にしたのは初めてだし、承諾されるのも初めて。


 だから心の中に残る罪悪感からこの子をたしなめる。


「一般社会と別れ常識を捨て……私の伴侶として二人だけの道を進んでゆくことになるわ。それでも……私のパートナーになってくれる……の?」


「いいよ。お姉さんとけっこんする」


「本当に……いいの?」


「いい。僕はお姉さんといて……ひとりじゃないって思えたから」


 驚きながら、私は胸に熱いものがこみあげてくるのを感じていた。


 孤独だった。ずっと。ずっと。でも今、初めて自分の魂を分かち合える存在と一緒にいると感じられる。


 それが嬉しくて。たまらなく嬉しくて。


 でもまだこの子は幼いのだと自分に言い聞かせて。


「ありがとう。でも……貴方がそれを判断するにはもう少し経験を積んで大人になることが必要ね。私の言葉の真の意味がわかるくらいに」


「そうかもね。でも僕は、おとなになってもお姉さんとけっこんしたいっておもうと思うよ」


「ありがとう。貴方が成長したら……返事を聞きに来るわ。それまでは……少し。いえとても待ち遠しいけど……我慢」


「やくそくだよ!」


「ええ。約束。十年したら返事を聞きにくるわ」


 私はその子の手に自分の手を伸ばして握りしめ、約束の指切りをした。


 普通の人なら、こんな汚い女に触れられるのは嫌だろうと思うけど、その子は嫌がらないとわかったから。そしてその子も微笑みを返して、私の手を握り返してくれた。


「お姉さん。元気になったね」


「ええ。大丈夫……みたい。貴方が……力をくれたから」


「ぼく?」


「そう。私は……魂の生命体。貴方が私に……生命力をくれたから。ありがとう……ええと……」


「雪也!」


「雪……也……」


「うん。如月雪也、七歳」


「雪也と話して癒されたから」


 二人して笑みを交わす。


 今までずっと独りだった。独りで生きてきた。そして結局、独りで朽ちてゆくんだと……諦めていた。


 でも……事実は想像を超えていて。私の頭の中の考えなど、実際のセカイには及びもしないもので……


「おねえさんが元気でてうれしい! うれしくなったら、ピアノひきたくなった!」


「ピアノ?」


「うん。ピアノならってるんだ。ピアノひいてると、さびしいの忘れるから」


「雪也のピアノ、聞いてみたい。返事聞きに来たときまでに練習して上手くなって、私に聞かせて」


「うん」


 そして……夜明けになって私たちは再会の約束をして、別れた。





 雪也は十歳、十二歳、十五歳……と成長してゆく。その間私はずっと密かに彼を見守っていた。


 学園への入学式。スーパーへの毎日の買い出し。中等部の修学旅行にもこっそりと付いていった。


 前に雪也のストーカーだと言ったのは全然欠片も冗談ではなくて、実際に雪也を影から見守っていたのだ。


 待ち遠しい焦れる様な時間だったけど、同時に彼の成長を見守ることができる幸せで満たされた生だった。


 そして影から見ているうちに、彼への想いはいっそう募っていった。


 その雪也が十七歳に成長した段階で、満を持してその前に現れたのだ。


 雪也は私の事、私と出逢ったことは覚えていた。けれど、細かい会話や約束のことまでは覚えていなかった。


 無理もない。齢七歳の子供の頃の出来事だ。


 でも、私にとっては人生で一度の逢瀬で……。彼と心を重ねた事を拠り所、支えにして生きてきて、再び心を重ねることを夢見ていたのだ。


 それを想い、


「雪也……」


 つぶやく。と、遠くから、


「翠っ!」


 私の名前を呼ぶ彼の声が、耳に響いた。

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