第29話 恋慕②

 それと同時に、春香さんが遊び好きなのも理解しました。


 明るく朗らかで男子にも女子にも分け隔てなく声をかける春香さん。


 みんなに好かれてみんなと交流して。


 でも実は奔放で貪欲で、自分の欲望に素直な女性なのだと見ているうちにわかっていきました。


 何人もの男子や女子と……その……身体の付き合いをしている春香さん。


 最初は驚いたけど、でもそれで春香さんを軽蔑するとか嫌いになるとかは全然ありませんでした。


 むしろそれだけ自由で奔放な春香さんにさらに憧れるようになりましたし、私も春香さんとそういう関係になれたら……と望むようになりました。


 そして、私の春香さんへの想いはさらに大きく深いものになっていって、春香さんに対する独占欲にまで昇華します。


 春香さんに雪也さんじゃなくて、私を見て欲しい。


 春香さんの身体と心を私で満たしたい。


 思ってもいなかったことだったけど、私は嫉妬深くて我が強い女の子だったのです。





 春香さんのセフレだった男子……バスケ部のキャプテンが失踪した時にも、ああそんなこと……という感想しかありませんでした。


 犯人が春香さんだとは想像もしなかった、なんてことはなくて、素直に春香さんが手を下したんだって理解できたし、納得もできました。


 でもそんなこと、私の春香さんへの気持ちにいささかの揺らぎも起こしません。


 だって、そんな春香さんの事をわかってて好きになったのですから。





 春香さんの事がずっとずっと好きでした。


 私は春香さんの『特別』になりたかったんです。


 でも春香さんの中には雪也さんが芽吹いて大樹になり、春香さんの心を覆いつくしていました。


 私の入る隙間は……


 そこまで考えて、ふと、校舎を一周して雪也さんが囚われてる化学室の前にまで来ていることに気付きました。


 私はその部屋の扉を開いて中に入りました。


 雪也さんが椅子に拘束されてうなだれています。


 後ろ手に、通常の人間、あるいはナイトメアですら千切れない『封魔のロープ』で拘束されています。


 だから春香さんは雪也さんに見張りもつけないで、応接室でストレスの発散を行っているのです。


 翠さんには、封魔のロープで縛られた雪也さんを自由にする方法はありません。


 例え椅子ごと連れ出しても、逃げる場所もありません。


 その雪也さんが顔を上げました。


 私に気付いた様子です。


「アカリ……さん……?」


 意識を取り戻した雪也さんが、私の名前を口にしました。


 私が目の前にいるという状況が理解できていないという表情です。


 私は……その雪也さんを見て、感情が昂ぶりました。


 私は春香さんの『特別』になれないのに、この人は既に春香さんの『特別』になっているのです。


 何もしていないのに、春香さんの事を何も知らないのに、春香さんの事を愛してもいないのに、春香さんの心を覆いつくしているのです。


 私はポケットからナイフを取り出しました――『死夜のナイフ』です。


 春香さんが翠さんを刺したのと同種のもの。


 この場面を予想していたわけじゃないです。


 でも何かの拍子に使う事はあるだろうと思って、例えば翠さんと遭遇するとかの場面を想像して、春香さんが部屋に置いているいくつもの霊具の中から一つ持ち出していたのです。


 そのナイフの先を雪也に向けます。


 雪也さんの顔に驚きと狼狽が浮かびましたが、私は無視してそれを掲げ……感情のままにそれを振り下ろしました。


 雪也さんが身を強張らせて目をつむり……


 ぐさっと――


 私はその雪也さんを貫く――


 ことはしませんでした。


 代わりに、ざくっと私は雪也さんの腕を拘束している『封魔のロープ』を切り落としました。


 解放された雪也さんは、しばらく呆然としていましたが、やがて自分の手首を確認しながら自分が自由になったのだと理解して、私に疑問を投げかけてきました。


「どうして……」


「少し……迷いました」


「迷った……?」


「雪也さんを殺すのと自由にするので、どちらが春香さんの『特別』になれるかって……考えました」


「春香の……特別……」


「はい。春香さんの心の中で、雪也さんにも消せない楔……です」


「…………」


 雪也さんは私の言葉、気持ちがわからないという顔でじっと私を見つめていましたが、上着を纏ってから化学室の扉に向かいます。


「ありがとう」


 振り向いて私にそう言ってから、ふらつく足取りで……。でもしっかりとした意志を感じさせる歩きで、教室で出ていきました。

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