第25話 脅迫
僕は、春香の色仕掛けと拷問に、なんとか耐えていた。陥落する一歩手前だけど、それでも必死に踏ん張っていた。
春香の『パートナー』になるのを僕は望んでない。そして何より、僕に『パートナー』になって欲しいと最初に願ったあの時の女の子――逢瀬翠――に返事すらしないで春香のパートナーになってしまうのが心苦しくて申し訳なくて口惜しくて……
でも僕は普通の高校生、一介の学生で。だからそんなに責め苦に耐えられる肉体も精神も持ってなくて。だから僕の顔は口からこぼれた唾液でぐちゃぐちゃで、下半身は失禁で濡れていて、弛緩させた全身を春香の前にさらしていた。
「手強いわね、雪也。でもそんな貴方だから私は『パートナー』として欲しいと思ったのよ」
「なん……で……」
その僕の溢した質問には答えずに、春香は続けてくる。
「雪也が欲しくてたまらなくなったの。あの時から。だから雪也の側にいながら、ずっとどうしたら雪也のココロを手に入れられるかって考えてたわ。そんな時に……」
「そん……な……ときに……?」
「あの逢瀬翠が転校してきて雪也を取ろうとした。だから計画を実行に移したの。閉じ込められた環境。その中で殺されてゆく登場人物」
「…………」
「複数人で校内にクローズドサークルを作って。イケメン先輩――竹中悠馬――を操りながら危機を煽って。吊り橋効果で雪也を私のモノにして」
「やっぱり……ほんとうに君が……」
「ご名答。私が、本当に本当の犯人のナイトメア、芳野春香よ」
春香が、ぼろぼろの僕の前で自慢げに微笑む。その笑みの中に、昔の明るくて朗らかで他人想いだった時の春香の面影は見えなくて……僕は唇の端を噛む。
どうしてこんなことになっているのか?
目の前にいるのは、二年昇級時にぼっちだった僕に話しかけてくれたあの女の子じゃないのか?
何もかもが全然わからなくて、涙が溢れてくる。
「私の事がわからないって顔ね。でも今の、容赦がなくて残虐で狡猾で吸血鬼の様な私も私。そして明るく朗らかな日常を楽しんでいたのも私。ヒトってそんなに簡単にこういうキャラなんだって測れるものじゃないの」
「そう……なんだね……」
「そう」
「操られてるとか……おかしくなったとか……じゃなくて、君も本当の春香……なんだね……」
「そうよ。やっとわかってくれた?」
ニコッと、春香が今度は満足そうな笑顔を見せる。のち……その笑みのまま、春香が怖ろしい事を言い放ってきた。
「雪也が同意してくれないなら、悠馬、アカリ、そして……翠も殺すわ」
「!!」
「冗談で言っているわけではないの。本気にして」
「本当に……」
「ええ。港南市高校生連続行方不明事件……って知ってるわね」
「え……?」
「港南市高校生連続行方不明事件」
「まさ……か……」
「そう。そのまさか。実は犯人は私。みんな楽しんだのちに殺して埋めたわ。そして、この校舎内でイケメン先輩をチャームの能力で操って、淫行教師を殺させたのも私。私にとっては五人も六人も関係ないの。欲しいのは雪也、貴方一人。他は全てお遊びで、貴方がいれば身も心も満足できるの。欲しいのは生涯を共にする『パートナー』としての雪也」
恐るべき春香の独白に、僕は思考が止まる程恐れおののいていた。
ありえない。いや、今となってはそういうこともあるのか……と想像する。
春香はみんなに好かれている明るくて朗らかな女の子。そういう一面も確かにあるんだろう。でも、その裏側の奥底にはどろどろとした汚泥の様な怨念と情念を隠し持っていたのだ。
たぶん、こっちの方が春香の本性に近いんじゃないかって……今では思える。
――と。準備室の扉が開いて、悠馬先輩とアカリさんが入ってきた。
「この二人は私の下僕。悠馬はスレイブで、アカリは身も心も私に捧げている愛人」
春香が、僕に披露する様に二人の前で腕を広げる。
「雪也、楽しい見世物を見せてあげる。手始めに……悠馬、アカリを犯して殺しなさい」
「なっ!」
「悠馬、アカリを犯して殺しなさい」
「やめて……くれっ!」
その僕の制止を全く完全に無視して、僕の声なんて聞こえてない様子で、先輩がアカリさんの腕に手をかける。
「いやっ! やめてっ!」
アカリさんの声ははっきりと嫌がってるけど、でも必死で抵抗するという動きは見せてない。
とても嫌だけど、春香の命令には従っているという様子を見せている。
「どう、雪也? 私の『パートナー』になってくれる気になった? なってくれるならやめてあげる」
「くっ!」
僕は逡巡した。
春香のパートナーになりたいという気持ちはもはや微塵もない。でも……嫌がって声だけを上げているアカリさんは巻き込めない。巻き込めない。
僕の保身で、アカリさんを奈落の底に突き落とすわけにはいかない。
「わ……」
「雪也」
「わかっ……た」
「同意して私の『パートナー』になってくれる?」
「……なる」
僕の返答に、春香が絶頂を感じているという様子で震えた。のち、こちらに向き直って、その満足に溢れた、これから僕をモノにするんだという顔を近づけてくる。
春香が唇を少し開き、舌でリップを濡らす。それが僕の正面から近づいてきて、口に触れそうになり……二人、契約のキスをする――というところで……
バンッ、と化学室出入り口のドアが開いて、何かが跳び込んできた。
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