第24話 嗜虐

「さて……」


 春香が目の前の椅子から立ち上がった。


 ゆらりと妖艶に近づいてきて、僕の喉に指を当て、じゃらしながらそれを顎にまでつつーっと上らせる。


 くすぐったくて、肌を撫で上げられている性的な快感もあるんだけど同時に怖さもあって、捕らえられている僕は声を漏らして悶える。


 春香は、その僕の悶苦を満足そうに見ながら、目の前から息を吹きかけてきた。


「雪也にはナイトメアの私の『パートナー』になってもらうわ」


「やっぱり……春香がナイトメア……」


「そうよ。私がこの事件の犯人のナイトメアよ」


「なんで……」


 ふふっともったいぶるように春香が微笑んだ。


「雪也には私の生涯の伴侶になってもらうわ」


「……断る」


「無理やりにでも同意させるわ。どこまで耐えられるかしら」


 言い終わらないうちに、春香が僕のシャツのボタンを上から外し始めた。そして僕は上半身をはだけさせられる。


 春香が僕の胸に指を当ててくすぐり始める。


 くすぐったいというより、とても気持ちいい。


 春香のくすぐりがどうしてそんなに感じるのかはわからないけど、ナイトメアという吸血鬼のような種族には人の快感を誘うサキュバスの様な能力があるのかもしれない……なんてことも思えてしまう。


 それほどの気持ちよさ、今までの自分一人での行為では経験したことのないほどの……快楽があって。


 そして春香はひとしきり僕の胸を刺激した後、その舌を僕の乳首に当てて舐め上げ始めた。


 その刺激に背筋がビクンと震えて、足先から頭の天辺まで電流が走り抜けた。


 脳内に電極を突っ込まれて電気刺激を与えられているようにビクンビクンとカラダが震えて、痙攣する。


 その春香の舌の気持ちよさ、媚薬を嗅がされて行為そのものをされている絶頂感と、拘束されていて何をされるかわからないという恐怖に、僕は犯されている女の子の様に喘ぎながら悶え声を上げる。


 何も考えることができなくなって……


 拘束されていて逃れたくても逃れられなくて、ただただ刺激にのたうつばかりで……


 春香の舌での愛撫が続き……僕はその脳内をかき混ぜられている様な快感に攣縮していると……


「雪也。私のパートナーになってくれる?」


「こと……わる……」


「雪也?」


「こと……わ……る……」


 歯で舌を噛んで。血が出るくらいの痛みを与えて春香の誘いに逆らう。


 と――


 いきなり春香が僕の股に手を入れてその部分を強く握りしめてきた。


 その敏感な部分の痛みと刺激に、意識が……跳びそうになって……


 背筋をそり返させながら、なんとかこらえる。


「雪也……」


 春香が耳元で囁いてくる。


「私としたいでしょ?」


「……」


「私と身も心も繋がって、一つになって融け合いましょう」


「…………」


「だから……」


 春香が握っている手の握力が上がって、僕の五感は刺激に覆われて視界はぼやけてもう何も見えない。


「私の『パートナー』になって」


「こと……わ……る……」


 僕は……なぜかはわからないんだけど、翠の月光に照らされた横顔を思い起こして必死に耐えていた。


 その時の僕には、誰か他の女の子の助けが必要だったからかもしれないし、僕の心の奥底に遥か昔に出逢った翠の芽吹きがあったからかもしれない。


「そう」


 春香は短くつぶやくと、僕の前に手を広げる。


 その手の爪が、ぐにゃりとナイフの穂先の様な形状に変わり、春香は僕の背中に腕を伸ばして……


 次の瞬間、その背中に激痛が走った。


 目と脳内に火花が散って、意識が一瞬跳ぶ。


 声にならない声を天井に向けて上げ、泡を吹いて痙攣する。


 春香が、その爪を立てて僕の背の皮膚を切り裂いたのだ。


「どう。私の『パートナー』になる気になった?」


 春香は微塵の容赦もなく、僕に要求してくる。


 僕は痛みを超えた衝撃に、すぐには反応できない。


 春香の言葉も途切れ途切れにしか、脳内に入ってこない。


 春香が、そんな僕の返答をしばらく待ち……


 僕はその時間でなんとか意識を回復させ、ぜーぜーと荒い息をしながら、言葉を肺の奥から絞り出す。


「こと……わる……」


「そう……」


 ぼやけた視界で見つめる僕に、春香は何故か哀しそうな表情を浮かべた。

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