第18話 襲撃
先輩が戻ってこない。
トイレだと言って出て行ってから、もう二時間になる。
先輩が……犯人……だとしてもそうじゃなかったとしても、僕らは全員ここにいるんだから大丈夫だろうと思う一方、予想外の事態が連続して起きているので不安はどうしても消えない。
いやな想像が浮かんで、僕は頭を振ってそれを脳裏から追い払った。
背筋にかいていた冷汗がシャツを濡らしていて、それが気分悪い想像を掻き立て、見たくない場面が浮かんでは消え浮かんでは消える。
流石に限界だと理解して、僕らは集団で家庭科室を出て先輩の探索を始めた。
落ち着いて心を整える。
僕ら四人は、先輩が出ていってからずっと一緒にいた。
だから先輩が犯人であろうとなかろうと誰かに襲われることはないはずで、どこかに無事でいるはずだと思う。
本当は、捜索に行きたくない、という気持ちがある。
家庭科室で震えていたい、という気持ちがある。
でも、それは先輩の安否を無視した行動で、先輩がトイレにいくと言った時に誰も同行しなかった結果でもあって。だから、僕らは先輩の安全に無責任ではいられない。
四人まとまって周囲を警戒しながら廊下を歩き、慎重に一つ一つの教室内に足を踏み入れる。
状況を分かってない人が見たら、どうしてそんなにおっかなびっくりなのか? と疑問を持つ程の警戒と怯えだ。
でも、乱れた感情を表に出していない翠を別にして、少なくとも僕と春香とアカリさんは……怖いのだ。怖いという気持ちが表情と態度に出ている。
次の教室へ入った。
がらんとしている。手分けして何もない机を各々確認し、誰もいないことを確認し、さらに隣の教室に入る。
ここも人気はない。「誰もいないね」と春香がこぼし、その音程につられるように僕らは少し安堵する。
はっきり言葉にすると、僕らは誰も何も見つかって欲しくない、なにも起こって欲しくないのだ。平穏無事にこの探索を終えたいのだ。それで何もなかったことにしたいのだ。
そしてさらに……僕らは隣の物理室へ入る。見回して何もないことを確認。四人手分けしてその人のいない、台の並んでいる部屋を確認して……というところで――
隣の物理準備室に続く扉が突然ガタンと開いて、人が跳び出してきた!
瞬間、硬直した僕ら。出てきた人物は一番戸に近かった春香をいきなり羽交い絞めにして拘束する。
「い、いやっ! やめてっ!」
春香が慌てて拘束を解こうとするが、相手の力が勝って自由を奪われる。
その自由を奪って春香を拉致した人物こそが――イケメン先輩だった。
「いやっ! いやぁっ!」
春香が必死に暴れて戒めを解こうとするが、両腕で首と腰を掴まれて自由に動きが取れない。
「動くなっ! おとなしくしてろっ!! 女っ!!!」
先輩が、持っていたアーミーナイフを春香の喉元に突き付ける。
春香が、震える瞳でそれを見て……動きを止める。
春香の怯えている目から涙が零れ落ちた。
「あなたっ!」
「先輩っ……」
「…………」
翠と僕とアカリさんが各々の反応を見せる。
乱暴に狼藉を働く先輩に、翠が射抜く言葉で問いかける。
「あなたが……犯人のナイトメアなのっ!?」
「知らねえよっ! 俺はお前らを始末して無事にここから出るんだよっ!!」
「それは、私たち四人共、ということ?」
「しらねーよやってられねーんだよっ! この状況でお前らと仲良く友達ごっことか、反吐が出るんだよっ!!」
先輩は春香の喉に絡めていた腕をぐぅと締め上げ、春香が苦しそうにうめく。
「追ってくるなよっ!」
先輩は捨て台詞を吐いて、春香を捕らえたまま逃げ出した。
◇◇◇◇◇◇
残されたみんなが立ちつくす中で、驚くことに僕らの中で最初に動きを見せたのはアカリさんだった。
アカリさんがまず最初に、囚われた春香を追おうと動いたのだ。
駆け出すとか、そういう運動選手の様な動きじゃないけど、でもアカリさんは確かに自分の意志で春香たちを追おうと廊下に出たのだ。
それを驚いて見ている僕は……全身がガクガクと震えていた。
怯えているのが自分でよくわかる。
でも……
『雪也君……私を守って』
春香の綺麗な旋律が蘇った。
夜の廊下で月の光に照らされた春香の笑顔が浮かんだ。
脚が震えた。身体が動くのを拒否している。それを、心に力を込めて勇気を奮い起こす。
今動かなきゃ、今追わなきゃ、春香を守る事はできない。そう自分に言い聞かせる。
そして一歩足を踏み出す。
すると身体の拘束が解かれたように、全身が自由になった。
僕は駆け出す――という場面で、背後から声がかかった。
「雪也。待って! 危険よ。彼はナイトメアかもしれない」
その翠の言葉を振り切って、僕は物理室から跳び出した。
廊下に出て左右を見回す。
アカリさんの姿はもう見えない。そして先輩と春香がどちらに向かったのかもわからないけど、遠くには行ってないはずだし、春香が一緒なら隠れる場所も限定される。
「雪也っ!」
その背後からの「自重しなさいっ!」という翠の声を振り切って、僕は廊下を駆けだした。
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