第15話 防御反応

 しばらく五人、無言の時間が過ぎた。


 理解できない。


 警察は閉じ込められたのは僕らだけだという。


 安否確認と防犯カメラの映像等から、結論として断言すると。


 正体不明のナイトメアが校内に隠れているという可能性は依然として残されていると思う。けど、警察の出した結論に相当の信頼性があるのも事実だ。僕ら五人以外にナイトメアが隠れている……のかもしれないが、この五人で全員という結論が正しいことも十分ありえる、と素人の僕でも判断できる。


 なら……。ならば……。先生が殺されたのが事実だとして、僕ら五人しかいなかった場合、殺したのは誰なのだろか? そしてそれから先の思考に進むはずだったんだけど……心がそれを拒絶していた。


 春香が震え声を出し、先輩がそれに同じく震え声で応対する。


「これ……殺人……だよね……」


「そう……だな……」


「じゃあさ……」


「なんだ……」


「聞く……けど……」


「だから何だ!」


「先生……『誰に』殺されたの……かな……」


 春香は怯える顔で目に涙を溜めていた。


「それを……言うなっ!」


「つまり……この中の誰かが先生を……」


「それを言うなっ!!」


 先輩が荒々しく春香を遮った。


 ややあって、そうだ、確かにそれが……問題なんだと、時間が経って僕の頭も回り始める。


 今、この学園の校舎には、僕たち五人が閉じ込められている。正確には六人が閉じ込められていた、三日前から。状況がよく分からない中、みんな仲良く互いに対する不信などもなく共同生活を行って助けを待っている所だった。


 問題はその続きにある。


 では、これが殺人だとして、誰が殺したのか?


 この校舎内には僕たちしかいないことも十分考えられる。その内の一人が殺された。ならば……殺したのは……一体どこの誰なのか?


 答えたくはないが、回答は脳内に浮かんでいる。つまり――『この中』の誰かが……


 答えたくはないが、回答は脳内に浮かんでいる。つまり――『この中』の誰かが……


 僕はそこまでたどり着いて思考を止める。心が思考することを拒絶している。身体が震えて、思考停止は自分の防御反応なのだと理解する。


 家庭科室の五人は、みんな無言。春香と先輩は息を飲んで。アカリさんは泣き出している。そして翠は厳しい表情ながらも感情の乱れは音にせずに……でもみんな言葉は出さない。


 五人が……磁石の同極の様に、離れる。


 みんな、互いを警戒しているのが手に取る様にわかる。


 それは自然な防御反応。心の流れ。


 さっきまで一緒にこの難局を乗り越えようとしていたのに、たった一本の電話でみんなの心が変わってしまった。


 でもそれをはっきり言葉にするものはいない。


 この中に犯人がいる。


 私はあなたたちを疑っている、と。


 みんななかったことにしたいのだ。


 昨日までは和気あいあいと一緒に過ごしていた仲間を信じたいという気持ちもあるのだ。


 このままうやむやにしてどこか見えない遠くへ捨て去ってしまいたいのだ。


 でもおそらくそれはかなわない。もう戻れない。みんなの心の中に根付いた不信を払しょくしきれない。それほど、あの図書室での光景は残虐だったということだ。


 各々、棚からパンとペットボトルの紅茶を勝手にとり、食事をする。昨晩、あるいは今朝はにぎやかでアットホームな食事だったのが、このありさまだ。


 そして、就寝。みんな、心身ともに疲労している。眠らないわけにはいかないだろう。頑張って気を張って起きていても、いずれ力尽きることは明白だ。


 昨日は二教室に別れて寝たんだけど、今日は五人全員が家庭科室で、それぞれ離れるように隅に陣取ってハリネズミの様に防御を固めて身を休める。


 この五人の中にいるかもしれない犯人は怖い。でも、独りになるのはもっと怖い。五人まとまっていれば、その中にいるだろう一人は行動を起こせないだろうという感情と理解があった。


 だから……


 僕らは黙って、各自、布団をかぶって休みに入る。


 それぞれが眠りについたのか、あるいは震えながら起きているのかはわからずに。

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