第13話 事件

 昼まで部屋でみな待機していたが、泉田先生は戻ってこない。


 お昼の十二時を過ぎた段階になって、僕らは二手に分かれて学園内の捜索に出ることになった。


 俺と翠。春香と先輩とアカリの組。慎重を期して個人行動は避ける。


 僕たちは三階四階を担当する春香たちと別れた後、一階と二階の探索を進める。


 各教室に足を踏み入れるが、人の姿は見えない。


 教室には特段隠れるところもない。いつもは生徒たちで賑わしい場所なんだけど、今は人気がなく寂しさが漂っている。


 その部屋から出る。さらに次の教室へ。そしてさらに隣を見て回ろうとしたとき――


 上階から高い声、女性の悲鳴が響いてきて、え? と翠と顔を合わせる。


 翠の顔にも緊張が浮かぶ。


 二人で廊下を駆け、急いで階段を昇り、悲鳴の発信源だと思われる図書室に跳び込む。


 視界に入ってきたのは、春香と……


 身体を両腕で抱えて震えている……アカリさん。


 そして、棒立ちの先輩の前に――


 うつ伏せで床に倒れている先生――の姿だった。


 背中に深々と何か……ナイフのようなものが刺さっていて、そこを中心に血だまりが広がっている。


 信じられない……光景で、見たくもないんだけど、気持ちは見ることを拒否しているんだけど……その衝撃的な光景は一度見たら脳裏に焼き付いて、もう拭い去ることができない。


 先生はピクリとも動かない。


 息をしていないように見える。


 目に入り込んでくる光景を理解することを脳が拒絶している。


 なに……これは?


 よく……わからない。


 理解が……できない。


 意味不明の光景が……目の前に広がっている。


 立ちつくして動けない僕らを前にして、翠が倒れ伏している先生の側まで歩いてゆく。


 身を屈めて先生の口、胸、に手を当て、それから脈をとる。


 翠は小さく首を振った。


「だめ。死んでいる」


 え? っと思った。翠……なんて言った? 死……。え……?


 誰かが息を飲む音が聞こえ、春香が震える声を出す。


「そ……んな……ことって……」


「でも本当に死んでいるわ。それほど時間は経っていない。おそらく、見る限り背中のナイフが致命傷で失血死。あるいはショック死」


「なん……で……」


「私にもわからない。でも、先生に害悪を与えた人物がこの校舎のどこかにいる……ということ」


「なんでっ!」


 春香が声を上げた。


「先生、なんにも悪いことしてないんだよ! それなのに閉じ込められて、ナイフで刺されて……。こんなことって……。こんなことって……」


 春香の声が歪んでゆく中、翠はあくまで冷静沈着。


「否定してもどうしようもないこと。目の前の事実なのだから」


そしてさらに恐るべきセリフを続けてきた。


「犯人がこれで終わりにするとは考えない方がいいわ」


「え……?」


 顔を濡らしていた春香が、わからないという表情を見せる。


「もう一度言うわ。これで最後だって限定しない方がいいわ」


「どう……いう……こと?」


「たまたま出くわしてこうなったのか、あるいは元から先生を狙っていたのか……。それはわからないけど、私たちも犯人に害される恐れが十分にあるってこと」


「そん……な……」


 春香が言葉を失って硬直する。


 先輩が、震える声で割って入ってきた。


「つまり……何かっ! 犯人は……先生以外の俺たちも……殺す可能性があるって言うのかっ!」


「そう。犯人に出くわしてその場の勢いで殺されるとか、狙われていて殺されるとか」


「ふ、ふざけるなっ! そんなことがあってたまるかっ!」


「でも……。目の前の事実は否定できない。これを……」


 翠が、死んでいる先生に目を向ける。


「なかったことにできるの?」


 翠の断定に、先輩が押し黙った。


 僕も……何も言えない。


 見たくない光景。認めたくない事実。


 だけど翠の言うようになかったことにはできない。


 それを翠が僕らに認識させる。


「部屋に戻った方がいいわね。急いで。それから、今後は一人での行動は絶対に避ける。部屋を出てトイレに行くときも、必ず誰かと一緒に行動する。さらに言うと、複数名の行動でも、あまり家庭科室を出ない方がいいわ。犯人にとって、二人を相手にするのと五人を相手にするのは違うでしょうから」


 そこまで言って、翠はすっくと立ち上がる。


 僕らは動けない。


 春香も先輩も僕も、身体が震えて、膝ががくがくして、怖気でどうしようもない。


 声を出してないアカリさんになると、今にも崩れ落ちそうだ。


「行きましょう。ここにいるのは精神的にもよくないわ」


 そういった翠に、五人支えられるようにして図書室を出る。


 周囲に気を配りながら、というか、周囲に空間があるという恐怖に震えながら、家庭科室へと震える脚を進める。


 一人がもうたまらないという様子で駆け出した。


 続けて残りの面々も走り出す。


 何かに追われるような切迫感、恐怖から逃れようと廊下を駆け……


 安寧の地であって欲しい家庭科室に跳び込むのだった。

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