第7話 状況

 閉じ込められたのは僕と翠を含めて計六人。他にも誰かいるかもしれないけど、いま合流したのはこれで全員。家庭科室に身を寄せあって、沸かした緑茶で身体と心を温めていた。


 俺も、目の前のテーブルに置いてある湯飲み茶碗のお茶を一口含んでごくりと飲み干す。


 食道を通って胃に入る液体が温かい。


 そのじんわりとお腹の中心から広がる熱で気持ちは少しだけリラックスする。


 調理台が並んでいる家庭科室で思い思いに位置している六人を――自分と同じ境遇に見舞われた共感と同情を持って、見回す。


 全員が意気消沈している学園生というわけでもない。大人の教師から見ず知らずの後輩女子まで。ある意味、フィクション小説にあるような人的配置だった。





 まずは『逢瀬翠おうせすい』。


 僕と同じ二年二組の女子生徒。


 漆黒の長い黒髪と深い瞳が印象的な、自我の強さを感じさせるクールビューティーで、自称異能力者のナイトメア。たぶんそれは本当の事実。そして僕を人生の『パートナー』にしたいと言って返事を聞きに来たという転校生。


 部屋の隅で目をつむって……ただただじっと黙って座っている。





 次に、親友の『芳野春香よしのはるか』。


 こちらも同じくクラスメイトの女の子で、ブラウンのショートヘアーが良く似合っている、「女の子」って言うのが一番しっくりくるいつも明るく朗らかな女の子。


 落ち込んでいる後輩の女子を、なだめて励ましている前向きな所が春香っぽい。





 そしてその気落ちしている様子の『渚アカリなぎさあかり』さん。


 名前は後から教えてもらった。


 制服である紺のブレザーの襟元リボンが赤なので、一年生だとわかる。


 一見して大人しそうで清楚っぽい子。髪は黒のセミロングで肌がとても白い女の子。


 ブレザーが似合ってないということじゃないんだけど、むしろ古風なセーラー服とか真っ白なブラウスが良く似合いそうな深窓の令嬢というか、直射日光や風雪から守ってあげないといけない儚い美しい花というか。


 春香と会話して表情が柔らかくなっている。落ち着いた様子。よかった。





 あとは……三年の『竹中悠馬たけなかゆうま』、通称イケメン先輩。


 知り合いじゃないけど、知っている人。学園の有名人の一人だから。


 茶髪の三年生で身長もあって、一目でイケメン陽キャだとわかる外見。


 女子にモテると有名な人で、モテるからの嫉妬なのかもしれないけど、チャラいとも。でもチャラいだけで悪人だという程の評判じゃない。


 僕たちの置かれた状況ながらあまり深刻そうな雰囲気がなくて、春香と後輩女子に軽く話しかけたりしている。





 それから『泉田先生いずみだせんせい』。


 僕と翠と春香の所属する二年二組の担任で体育教師。スポーツマンらしい細く絞られた体躯ながら外見も中身もマイルドで、生徒想いの青年教師だと評判。


 実は皆を家庭科室に誘導したのもこの先生で、春香と一緒に皆にお茶を入れてくれた優しくて頼りになる六人の中の唯一の大人。





 最後に僕、『如月雪也きさらぎゆきや』。


 十七才の、身長百七十四センチ、体重五十六キロのごく平凡な高校生。


 ルックス成績は普通平凡。陰キャというわけじゃないけど、あまりみんなの中に入ってゆくタイプじゃなくて目立たない……かな。


 これといった特徴もないけど、ピアノは小さい時からずっとやっている。でも全然自慢できるほどのことじゃなくて、好きだから。実は自作の曲もあったりして。


 淹れてもらったお茶を飲んだら落ち着いたので、一緒の境遇になった家庭科室のみんなを見ている所。





 ――と、泉田先生がみなを先導する様に声を上げた。


「なあ。こうしていても始まらない。とにかく何か食ってから、本格的にどうするのかは休んでからにしないか?」


 春香がその泉田先生に同意する。


「そう……ですね。通報した警察から連絡が来るまではどうしようもないですし、今日の所は休んだ方がいいかも、ですね」


 イケメン先輩が割って入る。


「でも、いったいどういう事なんだ、これは!? 俺ら、閉じ込められてるよな。イミフじゃね?」


 先輩はわけわからんという様子で両手を広げた。


 僕は翠を見た。翠と目が合って、じっと尋ねる様にその深い色の瞳を見つめる。


 僕と翠は、僕らが閉じ込められているそのおそらくの原因、正体不明のナイトメアについて知っている。というか、僕が翠から説明を受けて、実際に結界を見せてもらったりもした。


 そのナイトメアが僕らを閉じ込めた理由は不明だけど、翠がその犯人と同種族のナイトメアだというのは、極めて印象が良くない。


 加えて、ちょっと常軌を逸している事象なので、春香たちに説明して受け入れてもらえるという自信もない。


 僕は、翠の外見が十年前と同じだという事実を知っていて実際に結界を見せてもらったりもしてるから納得だけど、同じ事を春香や泉田先生にも経験させるのだろうか。


 そして、みんながそのナイトメアについて納得したとしても、それからどうすればいいのかという問題解決の方法には直接結びつかない。


 今の段階では、そのおそらくは校内に隠れているだろうナイトメアを見つけ出して、結界を解いてもらう他には方法がないからだ。


 翠が……僕に向けて小さく頭を振った。説明無用よ、みんなを怖がらせるだけ、という意思表示だ。だから、僕は皆にちょっと申し訳ないとは思ったけど、何も伝えない。


「ごはんにしましょ。ここ家庭科室だから食材もあるし、一緒にごはん食べたらいい知恵も浮かぶって思う」


 春香がみんなをリラックスさせるように笑顔を浮かべてから、端に置いてある冷蔵庫に向かう。


 こういう時でも明るい朗らかさを崩さない春香。その春香にじんわりと癒されるし、それが春香の良さというか、無意識の気遣いだと再認識して、春香が一緒にいることが心強く思えてくる。いや、春香が戦闘力高い偉丈夫というわけじゃぜんぜんないんだけど。


 冷蔵庫の扉を開いて中身を確認している春香に先導されるようにして、僕らは食事作りを始めることになった。

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