第5話 結界①

 校舎の一階出口にまで来る。僕はノブを回してドアを開けようとしたが開かない。


 いつもの帰り道。昨日も通った通路なので、扉が錆び付いているということはない。


 鍵がかかっているのか? と思っていると、今度は翠が戸を開けようとする。


 開かない。


 翠が顔に怪訝だという表情、もっと言うと険しさを浮かべる。


「鍵がかかってるんだよ。昇降口から出よう」


 僕はその開かないドアをしばらくじっと見つめていた翠とともに、下駄箱にまで足を進める。


 閉じている横滑りの出口を開けようとたが……。石膏で固めた様にピクリとも動かなかった。


「こっちも……鍵が……」


 頑張って開けようとしている僕に、翠が後ろから言い放ってきた。


「違うわね、これは」


「え?」


「結界ね」


「え? え?」


「『ナイトメア』の『結界』」


「ナイ……。え? え?」


「来て」


 翠は有無を言わせないという調子で僕を廊下にまで連れてゆき、窓をガラリと開く。


「ここから出てみて」


「あ……うん」


 確かにここは一階だから、窓からなら出られる……はず。と、空いた部分に手を当てて驚愕する。なんというか、空気の壁というか透明なフィルムみたいなものに手が当たって外に出られない。


 ぺんぺんとその空気の壁を押してみるが、動かない。ただただ阻まれるばかり。確かにこれは……言葉で表現するなら『結界』と言うのが正確なんじゃないかと……思わされる。


 でも……


『ナイト……メア? 結界?』


 訳が分からない。この意味不明の状況じゃなかったら、転入してからの言動が言動だけに、翠がとうとうどうにかなっちゃったと天を仰ぐところでもある。


 しかしドアや扉は開かなくて、窓からも出られないというのは僕の目の前に突き付けられた事実であって……


「閉じ込められたわね」


「閉じ込め……られた……?」


「そう。そして、犯人は『ナイトメア』」


「ナイトメア……?」


 訳が分からない。翠の言っている事が欠片も理解できない。いや、閉じ込められたとか、『結界』だとかは、百歩、いや一万歩譲れば、アニメやコミックなどではありえる状況だ。でも『ナイトメア?』……という単語は生まれてこの方聞いたことがない。


 その僕の疑問に説明する様に翠が続けてくる。


「ナイトメアは異能力者。永い時を生きる者」


「異能力って……」


「もっと分かりやすく言うと……吸血鬼の様なモノ」


「吸血鬼!」


 僕が驚いてのけぞると、翠は怖がらないでと、優しく笑んでくれた。


「吸血鬼とは言っても血は吸わないわ。外見上は年を取らないで、あとは身体能力が高くて結界を張る異能力とかチャームの異能力を持っている」


「なにを……言ってるのか……」


 翠の言葉は理解不能だった。全く、わからない。でも、僕たちが今現在この校舎に閉じ込められているということは否定できなくて……ちょっとどう考えればいいか、頭が回らない。


「結界を張ったのはナイトメア。つまり、私たちをこの学園に閉じ込めた犯人が、その吸血鬼の様な異能力者のナイトメア」


「ナイト……メア……」


「そう。この結界を張ったのはもちろんだけど……。実は高校生行方不明事件の犯人もおそらく、と私は見ている」


「え?」


「つまり、この港南市はその極稀にしかいないナイトメアの活動拠点になっているという推理。もしかしたら、この学園内にいるのかもしれない」


 納得はできない。承諾しかねる。でも……その、ナイト……メア……とかいう存在を認めれば、全ては繋がって辻褄が合うことも事実だ。


「そんな鬼みたいな化け物……が……」


「違うわ。外見は人間と変わりない。子供かもしれないし、老人という事も有り得る」


「外見は普通の人間……なんだ……」


 呆然として、僕はそう説明してきた翠に向けてつぶやく。と、翠はその僕に向けて想像だにしてなかったセリフを言い放ったのだ。

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