第15話 鳥居の中で[其の弐](修正版)

「死者の……断末魔?」

 思考が追い付かない秋乃に、要は静かに言った。

「死者――契約者が死に際に撒き散らす『映像』のことだ。覚えはないか?」

「!」

 秋乃ははっと息を呑む。

 覚えている。忘れる訳がない。

 初めてこの仕事に参加したあの日。秋乃は湊と共に、ある少女が『悪い死者』になった経緯を観た・・。先触れなく頭の中で再生された悲劇は、未だ目に焼き付いている。

 『悪い死者』たちの『映像』は、その後も何度か観た。いずれも、目を逸したくなる内容だった。

「当人が現在に至るまでの記憶、感情が集約されたものだ。あれは当人の意思とは関係なく散布され、俺たちの意識に侵入する」

「なるほど……」

 納得のいく説明に、秋乃は唸った。

「だがな。断末魔という表現は、俺のような能力者がいる以上、適切とは言いがたい」

「え? 何故です?」

 秋乃が尋ねると、要は微かな間を挟んで答えた。

「俺のもう片方の能力は――あの『映像』を無条件に見ることが出来る・・・・・・・・・・・・、というものだ」

 やや渋面になる辺り、要は自身のそちらの能力をよく思っていないのだろう。

「対象が死に際である必要も、『悪い死者』である必要もない。俺の目の前にさえいればいい」

 憂いを逃がすように長い息を吐き、要は一連の説明を締め括った。

「他に質問はあるか?」

「いえ、特には。凄く分かりやす――あっ」

「? どうした」

「つまり……先輩がその気になれば、わたしの断末魔も見られちゃったりするんですか?」

「……」

 要が急に黙った。どことなく様子がおかしい。

「あの、先輩?」

「済まん。故意ではない」

「見ちゃったんですね……」

「済まなかった」

「いえ、まあ、それは仕方がないことなので……」

 自分の方こそ、不躾な質問をしてしまって申し訳ない限りだ。

 隣の縁台で鉄が失笑したのが分かったが、要は眉をひそめるに留まった。

「……実は、その際に不可解なことが起きた」

 コホンと咳払いをした後、要が何やら付け足すように口を開いた。

「不可解なこと?」

 首を傾げる秋乃。要は頷く。

「俺が早瀬の断末魔を見た時、早瀬の隣には堂本がいた」

「……それで?」

何も見えなかった・・・・・・・・んだ」

 束の間の空白を経て意味を呑み込むと、たちまち背筋が冷たくなった。

「早瀬の隣にいた堂本もまた、俺の能力に巻き込まれていた筈だ。にも関わらず、かつての記憶も感情も、あいつからは何一つ流れて来なかった」

 肺を鷲掴みされた心地。底なし沼に足を取られた心地。何の変哲もない周りの風景が、現実から遠のいたように感じた。

「それはそうだろうねぇ」

 鉄がしばらくぶりに会話に割り込んだ。意味深を極めたコメントに、秋乃は即座に反応した。

「鉄さん、何か知ってるんですか?」

「僕から話せることは少ないがね」

 秋乃たちの視線を受け止めつつ、鉄は微妙な間を置く。どこまで話そうかと考えているのだろうか。

 この様子では、大した情報は聞き出せそうにないか。とはいえ、ないよりはマシだ。秋乃は静かにその時を待った。

 期待し過ぎない程度に期待していた。鉄がとんでもないことを口にするまでは。

「湊君は心が壊れている・・・・・・・

 静寂。

 秋乃も要も、何も言わなかった。言えなかったのだ。何も。

 鉄は涼しげに続けた。

「ある種の自己防衛だろうね。記憶も少々曖昧になっているようだ」

「嘘……」

「事実だよ」

 唇を震わせ、掠れた声を立てる秋乃の言葉を、鉄はぴしゃりと否定した。

「破損したファイルは開けないだろう? 要君の能力が湊君の断末魔を読み取れなかったのは、これと同じようなものさ」

 嫌な言い方をする鉄。しかし、今の秋乃・・・・にとって、それは些細な問題でしかなかった。

「早瀬……?」

 秋乃の変化の気付いた要が、微かに戸惑いを宿した声音で呼び掛けてきた。

 秋乃は無意識に伏せていた顔を上げ、曇りのない瞳で、まっすぐに鉄を見た。

破損したのなら・・・・・・・修復すれば良い・・・・・・・だけです」

 自分の中の『何か』に突き動かされて、秋乃はそう断言した。

 鉄が口角を上げる。

「……大した自信だね。まあ、止めはしないさ」

 それきり、鉄は再び沈黙した。



【間章1 End】

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