間章 二つの日常
第13話 鳥居の外で
窓際のテーブルに着いた
「よっしゃー! 最新のSSRが来たぞ! こいつがいれば、きっと次の激戦も乗り切れる!」
横向けにしたスマートフォンを凝視しながら、声を張り上げる湊。いつものことだ。そんな湊を余所に、秋乃はただ黙々と塩ラーメンを完食した。
鳩が豆鉄砲な周りの生徒たちへの配慮は諦めた。諦めたくはなかったが、きりがないのだ。何度注意しても、湊は五分もあれば忘れてしまう。
更に、最近はこの程度では済まないのが常になりつつある。なんせ、一人増えたのだから。
「堂本。SSRとはなんだ?」
秋乃の斜向かい――湊の隣にいる
「なんだよ要! 知らねーのか?」
「ああ。聞いたことがない」
聞いたことがない方が多数派だと思うが、突っ込むのはやめておく。
「SSRってのは、強敵と戦う上で必要不可欠な存在なんだ! どいつも戦闘力が頭ひとつ抜けてて、めちゃくちゃ頼りになるぞ!」
「なるほどな。俺たちの業務上、確かに戦闘力の向上は優先事項だ。俺も早くSSRにならなければ」
「甘いぞ要! SSRを極めてURに進化させるまでがセットだ! そんで、そのURを極めて、初めて真の強敵と戦う資格が得られる訳だ!」
「なんだと?……俺にはまだ、気が遠くなるほどの訓練が必要ということか」
そろそろ止めた方が良いだろうか。
「時間も金もかかるけどよ! 最強を目指すなら、こういう地味な作業の積み重」
「湊。桜庭先輩」
噛み合っているようで、全く噛み合っていない二人の会話を、虚無に近い思いで止める。無垢なきょとん顔と、揺るぎない真顔に見詰められながら、秋乃はさっと周辺に視線を這わせた。
秋乃たちから近いテーブルにいる十人余りの生徒や、空席を探す通りすがりの生徒たちがこちらを見ている。性別も学年もバラバラな彼らだが、唯一共通しているのが、秋乃たちを見る目が明らかに普通でないことだ。
困惑、畏怖、同情、興味本位。理由は言うに及ばずだろう。同類に扱われるのは些か不本意だ。
「ん? どしたー?」
「どしたー、じゃなくて。食べ終わったんならもう行きましょ。あんまり居座ってたら、他の人に悪いじゃない」
当たり障りのない言葉を選び、湊と要を促す。二人は一度顔を見合わせると、椅子から腰を上げた。
「早瀬の言う通りだな」
「さすが秋乃! しっかりしてるな!」
「はいはい。ほら、早く」
秋乃が空いた食器を手に返却口へ向かうと、湊と要も、それぞれカツカレーと牛丼が入っていた食器を持って付いて来た。
目立たず、静かに過ごす普通の学園生活。そんなかつての理想とは掠りもしない生活を、秋乃は今日も送っている。
* *
死者としての仕事にも、週に一度は休みがある。だが、曜日に関してはシフト制だ。
今週は今日、七月に入って最初の水曜日だ。学校の休日とのズレが大きく、少々残念な休日ではあった。
「今日は休みだし、今から三人で遊ぶか!」
放課後。学校を出るや否や、湊から想定外の提案を受けた。
いや、厳密に言うと提案ではない。これが湊の中で決定事項なのは、彼の顔と態度で知れた。
遊ぶ、と表現するからには、ある程度屋外を歩くのは前提だろう。屋内には拠点がない。
照り付ける夏の日差しをものともせず、屋外での遊びを考えるのは、真面目に凄いと思う。けれど、今の秋乃にとって、承諾は難儀なものだった。
「悪いけど、わたしはわたしでやることあるから。掃除とか、洗濯とか……」
無難であり、事実でもある内容で遠慮を試みる。
夏は苦手だ。この気象の中、やむを得ない用事以外で出歩くのは気が進まなかった。もう少し遅い時間帯であれば、考える余地はあったのだが。
と、思った矢先だった。
「洗濯なら、オレが代わりにやってやるよ!」
「またビンタされたいの?」
「サーセン」
考えるのはやめた。
信じたくはないが、湊は本気で言ったのだろう。無邪気と活発と軽挙を足して二で割ったような表情は、徐々に鳴りを潜めていった。
「なら、要はー?」
すっかり拗ねた子供みたいになった湊が、要を見上げる。要の表情は岩のように動かない。
「済まないが、俺も帰らせて貰う。せっかくの休みだ。バステトと充分なコミュニケーションを取っておきたい」
「なんだよー……。二人ともつれねーな」
しょんぼりと肩を落とす湊。先ほどといい、今といい、とても高校生の挙動とは思えない。
珍しく押し黙っていた湊だが、数秒とかからず勢いよく顔を上げると、あたかも名案が浮かんだとばかりに、並々ならぬやる気と自信に満ちた目をこちらに向けてきた。
「じゃあ、要んち行こうぜ!」
何が「じゃあ」なのか。とにかく、あとは二人で好きにやって貰うとして、自分は早く家の用事を済ませるとしよう。
「秋乃も行くよな!」
「……はい?」
信じがたい不意打ちに瞬きを忘れ、無意識に上げた声はひっくり返ってしまった。
「秋乃だって遊びに行きたいよな! バステトとも仲良くなりたいよな!」
「待ってよ! 勝手に……っ」
言いかけて、口を噤む。湊が発した形だけの問いは、全否定するには良心の呵責が強かった。
問いの内容自体も、あながち間違ってはいない。湊たちとは上手くやっていきたいし、犬も嫌いではない。飼っていたこともある。
しかし、ここでノコノコ付いて行くのは、さすがによろしくない。幾ら仲間とはいえ、付き合いが長い訳でもない一人暮らしの男子の家に上がるなど。秋乃としては完全に「なし」だ。
今回は遠慮すべきだと即結論を出すと、秋乃は本日二つ目の断り文句を考えた。
「先輩にも都合ってものがあるでしょ。わたし達が勝手に決め」
「来て良いぞ」
遠慮のための言葉は、当人によってあっさり遮られてしまった。
「忙しいなら、無理強いはしないが」
絶句する秋乃を前に、要がやや怪訝な顔になる。
「よっし! 決まりだな!」
「早い内に決まっていれば、茶請けくらいは用意したんだが……」
「気にすんな! オレも気にしねーし!」
「助かる」
秋乃の思いを置き去りに、放課後のスケジュールは決定してしまった。
目立たず、静かに過ごす普通の学園生活。そんなかつての理想とは掠りもしない生活を、秋乃は今日も送っている。
【To be continued】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます