第11話 死んだ先は[其の参]

 他にも能力ちからがあれば。癒やすだけでは駄目だ。

 宗助たちの亡骸を見る。彼らの死により、気付いたことがある。自分は、守りたかった・・・・・・のだと。そして、湊たちを守りたい・・・・のだと。

 秋乃は目を閉じ、ペンダントを握り締めた。

 二人を守る力をください。そう願った。

 瞼越しに光を感じた。炎のような赤い光だ。ペンダントが応えてくれた結果に違いない。

 ゆっくりと目を開けた秋乃は、思いがけない光景に、戸惑いを覚えずにはいられなかった。

 湊や要の武器が変化したように、秋乃のペンダントもまた、その姿を変えていた。しかし、それは秋乃が望んでいたものとは一線を画していた。

 逆円錐に変形したガーネットが、細い鎖に繋がれている。一般的に振り子と呼ばれる物の中でも、ダウジングに使用されるアイテムだということはすぐに理解出来たが、この場においての使用法については、まるで検討が付かなかった。

 ふと、秋乃は自分の足元に、ガーネットと同じ光を見出した。

 足元を見る。そこ展開された魔法円・・・の存在に気付くなり、秋乃は大きく息を呑んだ。

 二重の円。円と円の間にずらりと並んだアルファベットとシンボルマーク。そして、円の内側に描かれた五芒星。そんな五芒星の中心に、秋乃は立っていた。

 秋乃はこの魔法円を知っている・・・・・。昔、姉に教えて貰ったから。この魔法円がいま現れた理由も、今しがたの願いと併せることで想像が付いた。

 確信には至らない。飽くまでも想像だ。けれど、躊躇している暇はない。想像が外れていた時のことを考え、怯えてしまっている自分を内心で叱咤し、秋乃は速やかに動き出した。


 * *


 助けられた。理由は分からない。

 要は漠然と考える。新垣てきの武器の形状や戦法を鑑みれば、自分よりも湊の能力を軸に戦った方が効率がよく、まだ希望が持てる。どちらか一方が倒れるとすれば、倒れるべきは自分で、湊ではない。湊とて、これくらい理解している筈だ。

 なのに、今しがた致命的なミスを犯し、明白な足手まといとなった自分を湊は庇った。庇って、死んでしまいかねない怪我をした。

 何故だ。分からない。――それでも、責任は取らなければならない。

 湊の怪我については、治療の心得があるという秋乃に任せる他ない。自分は新垣を仕留める。一人だろうが関係ない。他に道は残されていないのだ。

「さて、どっちが良い・・・・・・?」

 撃ち抜かれた右手が悲鳴を上げている。だが、意地でも武器は離さない。そんなことをすればどうなるか。馬鹿でも分かる。

 新垣は戦闘不能の湊を放置し、要を豪然と見下ろしている。先の問いの意味は考えるまでもない。撃たれて死ぬか、刺されて死ぬかだ。

 要は答えない。何も言わず、目の前の敵に、洗練された氷の眼差しを叩き付ける。

 要が激痛に痙攣する手を一心不乱に動かすと、沈黙していた手錠もまた、要の意思に従って動き出した。手錠はもう一方の持ち手を先頭に、蛇のように地を這って、要の手中に戻って来た。

「そんなオモチャでおれを拘束する気か? 千年早ぇんだよクソガキ」

 声を出して笑う新垣。しかし、彼の発言を聞いた要は、口元に微かな冷笑を浮かべた。

「必要ない」

 新垣の嘲笑がぴたりと止まり、疑念の色が表情に現れる。こちらの真意を測りかねているのだろう。

 要は手錠を操る。的は足。並の動体視力で追える早さではなかったが、新垣は即座に反応を示した。

 なんでもない顔で、新垣は要が見せた小さな抵抗を軽い身のこなしでいなした。鬱陶しい能力だ。けれど、今はそれで良い・・・・・

「当たるかよ。もう諦め――」

 最後まで言わせなかった。要は姿勢を低くし、新垣に渾身の体当たりを仕掛けた。

「な……っ」

 要の予想外の行動に、さすがに顔色を変えた新垣は、慌てた様子で要に銃口を向け直した。しかし、狙いの定まらない発砲は、要の頬に浅い傷を刻むに留まった。

「拘束は持続の手段に過ぎん。……これで充分だ」

 凄然と話す要は、新垣の体に馬乗りになり、左手に持ち替えた手錠にありったけの電流を纏わせた。

「てめぇ……!」

 新垣が動揺と怒気が入り混じった声で叫んだが、無視した。

楽に死なせたくはなかった・・・・・・・・・・・・が、仕方ない」

 電流を纏った手錠を振りかざす。

 一撃で仕留める。的は心臓。要は溜め込んだ憎しみを叩き付けるように、手錠を振り下ろした。――瞬間、腕に燃えるような痛みを感じた。

「惜しかったな」

 新垣のせせら笑いが聞こえた。

 腕が動かない。あと少しの所で的に届かない。

 腕を見る。銃剣が突き刺さっていた。下方から突き出された刃が要の腕を貫き、固定している。

 電流が消滅する。体から血の気が引いてゆくのが分かった。手錠を手放さないでいるのがやっとで、身動きが取れない。

「……く……」

「いい線いってたんだけどな」

 視界が横転する。銃剣が抜けると共に、腕から血飛沫が舞った。


 * *


 湊は要を庇い、要は新垣に惜敗した。

 倒れた二人が今、二度目の死に瀕している。しかし、そうはさせない。

「湊! 先輩!」

 秋乃は展開した魔法円とともに疾走し、新垣に接近した。新垣、そして要は、すぐに秋乃の存在に気付いて、各々の反応を示した。

「あぁ?」

「何をしている!」

 新垣は驚き半分、おもしろ半分といった体で秋乃を見、要は命知らずな秋乃への怒気を滲ませる。

「良かったなクソガキ。お前のせいでもう一人死ぬぞ」

「っ、やめろ!」

 要の制止を無視し、新垣は銃口を秋乃に固定すると、間髪容れずに発砲した。が、秋乃の身に弾丸が及ぶことはなかった。

 生じた光・・・・が、飛んで来た弾丸を容易く弾いた・・・。その真下には、眩い光を帯びた魔法円。やっぱり・・・・。秋乃の想像は当たっていた。

 大なり小なり衝撃を受けた様子で、新垣が一瞬動きを止める。秋乃はこの隙に要の脇に立ち、要を魔法円の中に招き入れた。

 もっと大きく。少しでも広く。

 そんな秋乃の祈りに応え、僅かながら拡大した魔法円が湊に届いた。要に続き、湊も招き入れることに成功して、秋乃は涙ぐんだ。

 けれど、予断を許さない現状には変わりない。魔法円の維持と、湊たちの治療は同時には行えない。秋乃が魔法円のうりょくを維持出来なくなる前に、早急に策を見出さなければならないのだ。

「早瀬。済まない。……助かった」

 身を起こした要が、暗い顔をしてぽつりと言う。

「いえ……。でも、このままじゃ」

「ああ」

 憂いに沈む秋乃に、要は力なく頷いた。

「バリアかよ。面倒くせぇ」

 さすがに顔をしかめる新垣。彼は溜息混じりに銃剣の刃をこちらに向けると、攻撃の体勢に移った。突破の術を探るためだろう。

「あー! よく寝たーっ!」

 誰の目にも緊迫した状況。緊張感の抜け落ちた声は、そんな空気をものともせず、余りにも唐突に聞こえて来た。秋乃の真後ろから。

「え……」

 ついうっかり振り向く。湊だった・・・・

「み、湊?」

「おう! オレだぞ!」

 湊の血の気の失せた青白い顔には、活気に満ちた無垢な笑みが浮かんでいる。唖然とする一同の視線を一身に受けながら、湊は落ちている武器に青白い手を伸ばした。

「あとちょっと……踏ん張らねーとな!」



【To be continued】

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