第11話 死んだ先は[其の参](修正版)

 助けられた。理由は分からない。

 要は漠然と考える。新垣てきの武器の形状や戦法を鑑みれば、自分よりも湊の能力を軸に戦った方が効率がよく、まだ希望が持てる。どちらか一方が倒れるとすれば、倒れるべきは自分で、湊ではない。湊とて、これくらい理解している筈だ。

 なのに、今しがた致命的なミスを犯し、明白な足手まといとなった自分を湊は庇った。庇って、死んでしまいかねない怪我をした。

 何故だ。分からない。――それでも、責任は取らなければならない。

 湊の怪我については、治療の心得があるという秋乃に任せる他ない。自分は新垣を仕留める。一人だろうが関係ない。他に道は残されていないのだ。

「さて、どっちが良い・・・・・・?」

 撃ち抜かれた右手が悲鳴を上げている。だが、意地でも武器は離さない。そんなことをすればどうなるか。馬鹿でも分かる。

 新垣は戦闘不能の湊を放置し、要を豪然と見下ろしている。先の問いの意味は考えるまでもない。撃たれて死ぬか、刺されて死ぬかだ。

 要は答えない。何も言わず、目の前の敵に、洗練された氷の眼差しを叩き付ける。

 要が激痛に痙攣する手を一心不乱に動かすと、沈黙していた手錠もまた、要の意思に従って動き出した。手錠はもう一方の持ち手を先頭に、蛇のように地を這って、要の手中に戻って来た。

「そんなオモチャでおれを拘束する気か? 千年早ぇんだよクソガキ」

 声を出して笑う新垣。しかし、彼の発言を聞いた要は、口元に微かな冷笑を浮かべた。

「必要ない」

 新垣の嘲笑がぴたりと止まり、疑念の色が表情に現れる。こちらの真意を測りかねているのだろう。

 要は手錠を操る。的は足。並の動体視力で追える早さではなかったが、新垣は即座に反応を示した。

 なんでもない顔で、新垣は要が見せた小さな抵抗を軽い身のこなしでいなした。鬱陶しい能力だ。けれど、今はそれで良い・・・・・

「当たるかよ。もう諦め――」

 最後まで言わせなかった。要は姿勢を低くし、新垣に渾身の体当たりを仕掛けた。

「な……っ」

 要の予想外の行動に、さすがに顔色を変えた新垣は、慌てた様子で要に銃口を向け直した。しかし、狙いの定まらない発砲は、要の頬に浅い傷を刻むに留まった。

「拘束は持続の手段に過ぎん。……これで充分だ」

 凄然と話す要は、新垣の体に馬乗りになり、左手に持ち替えた手錠にありったけの電流を纏わせた。

「てめぇ……!」

 新垣が動揺と怒気が入り混じった声で叫んだが、無視した。

楽に死なせたくはなかった・・・・・・・・・・・・が、仕方ない」

 電流を纏った手錠を振りかざす。

 一撃で仕留める。的は心臓。要は溜め込んだ憎しみを叩き付けるように、手錠を振り下ろした。

 手錠が銃剣に接触した。

 聞き慣れたノイズ。見慣れた眩い電流が空気を裂く。瞬間、新垣の腕が、銃剣の破片・・・・・とともに宙を舞った。

 響き渡る絶叫。破片と肉片が降り注いだ。


 * *


 遠目に見えた凄絶な光景が、秋乃の心を挫こうとしていた。が、秋乃はからがら耐え、瀕死の湊の下へと駆け寄った。湊の傍らに膝を突くと、彼女は今の自分に出来る唯一の役目を開始した。

 ペンダントをかざし、癒やしの炎を灯す。もう一刻の猶予もない。

「湊……!」

 湊を死なせない。その一心だった。秋乃を助け、要を守った湊が、こんなところで死んで良い筈がない。

 静かな靴音が聞こえる。要が戻って来たのだ。

「先輩も安静にしててください」

「……ああ」

 要の声に覇気はない。秋乃も要も、悔しいのは同じなのだ。

「うー……死ぬー……マジで死ぬー……」

「!」

 二人同時に、湊を凝視した。まだ顔色が芳しくない湊が、いつの間にか瞼を開いている。状況に反し、緊張感のない目は変わらずだ。

「湊――」

「なぜ俺を庇った」

 秋乃の言葉を遮り、要は早々に問うた。誰に向けた問いか、聞くまでもない。

 凄みのある吊り目で湊を見下ろす要。そんな彼に、湊は曇りのないきょとん顔で応じた。

「友達は助けるもんだろ?」

「……」

 要が押し黙る。理由は測りかねた。

 要はしばし真顔で沈黙した後、再び口を開いた。

「なら絶交だ」

「なんで!?――あだっ!」

 無意識なのだろうが、勢いよく身を起こそうとして失敗した湊は、釣り上げられた魚さながらに予測不可能な動きをしながら、口をパクパクし始めた。さすがに同情せざるを得ない。

「湊……。気持ちは分かるけど、じっとしてて」

「ま、任せろ……」

「先輩も、もう少しタイミングを考えてください」

「……済まん」

 期待半分不安半分のお願いだったが、幸い今度は要も従ってくれた。その場に腰を下ろし、瞼を落とすと、彼は長らく沈黙を続けた。



【To be continued】

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