第10話 死んだ先は[其の弐]
「誰だお前ー!」
こんな時でも、湊の呑気ぶりは健在だった。ライフルの男にびしっと指を突き付け、間延びした声で叫ぶその姿は、真面目なのかそうでないのか、どうにも判断が付かなかった。
男の悪意と嘲笑。要の敵意と怒り。そんな一触即発の空間にたるんだ態度のまま踏み入れば、最悪藪蛇を出しかねないのだが、湊がそれをどこまで理解しているかは不明瞭だ。
「んだよ、うるせぇガキだな」
男がさすがに鬱陶しげな顔をするも、湊は緊張感のきの字も見せない。
「答えろ馬鹿ー!」
「
渋々といった様子で応じてから、新垣は自身が手に掛けた宗助を見下ろした。
「
そう言う新垣の目には、親しい相手に向けるものとは相容れない、色濃い嘲りがあった。
「……弟分を殺したのか。お前は」
ゆっくりと口を開いた要の声は、まるで地を這うようだ。
「まあいい。すぐに地獄へ送ってやる」
洗練された冷徹さと苛烈さを纏った要は、新垣を睨め上げたまま、隣にいる湊に話し掛けた。
「堂本」
「おう!」
「相手は手練だ。油断するな」
「任せろ!」
この二人の温度差が埋まることはないだろう。
湊と要が武器を構えると同時に、新垣のライフルの銃口が二人を捉える。
秋乃はライフルの射程外、店舗と店舗の細い隙間を見付け、そこからそっと湊たちを見守っていた。
秋乃の唯一の
「おんどりゃーっ」
個性的な掛け声とともに、湊が鉄球片手に新垣の方へと突っ込んで行く。
特攻するのは良いが、今回は無謀が過ぎる。湊の武器は、どう考えても飛び道具と相性が悪い。最悪と言っても過言ではないだろう。
しかし、湊には湊なりの戦略があり、彼は新垣を見据えたまま武器の形状を
要の手錠が自在に伸縮するように、湊の鉄球とその柄を繋ぐ鎖も、ある程度の融通が利くらしい。鎖は高速に短縮して、やがて鉄球と柄を一体化させた後、完全に姿を消した。
変化した武器はハンマーと言えば語弊があるものの、秋乃の知る武器種の中では最も近く、良く似ていた。これで新垣と距離を詰めることが叶えば、湊の優勢も現実味を伴う。
もちろん新垣もすぐに湊の意図に気付き、間髪容れず湊に銃口を固定する。剣呑な表情で隙を窺う要への注意も怠らない。
新垣が発砲する。普通なら、盾や防弾ベストでもない限り防ぎようがない正面からの狙撃だが、湊には大した問題ではないらしい。
湊は胸部に飛来した弾丸を鉄球で弾くと、矢継ぎ早に繰り出された二撃目を右手に飛んで避けた。弾丸の位置とタイミングを瞬時に脳内処理し、最善の動きを取っているのだ。能力の一端とはいえ、いかにも重たそうな鈍器を片手に、俊敏に動き回る湊には毎度感服させられる。
コーヒーチェーン店の黒タイルの外壁を蹴り、湊は難なく新垣の懐へ入って行く。両者の間には、既に新垣が態勢を変えて射撃するだけの距離はない。
湊が鉄球を振りかぶる。勝負は決したかのように思われた。
新垣が
「へ?」
間の抜けた声を発しながら、微妙に顔色を変える湊。そんな彼の左手首に手錠が掛かった。
「うぎゃ――!」
銃剣に刺される寸前、湊はいつかのように手錠に引っ張られ、手錠の主の足元に落下した。
「ぐえっ」
身が縮む思いがしたが、湊は無事だった。落下音がなかなか痛そうだったのは気にしないでおく。
「いってーな! 他に助け方あるだろ!」
「来るぞ」
苦情を無視しつつ湊を解放した要は、戦闘前とは打って変わった冷ややかな声色で、湊に警告した。
「同時に仕掛けるつもりでいたが、意表を突かれたな。……次は決めるぞ」
不快感も露に新垣を睨んだまま、要は言う。湊の反応及び立ち直りは早かった。
「任せとけ!」
再び武器を構える湊と要。しかし、事態は更に予想外の展開を迎える。
「――じゃ、今度はこっちから」
新垣が言い、こちらへ疾駆する。信じがたい早さだった。直進ではない。荒々しく地面を蹴り、停止した人々を飛び越え、壁を蹴り、湊たちを撹乱しながら向かって来る。
「早っ!」
湊が今ひとつ緊張感に欠ける感想を口にするが、ことはそう単純な話でないのは明らかだ。これでは狙いを定めるのが困難極まる。
要が舌打ちし、すぐさま手錠を操るも、いとも簡単に弾かれてしまう。
「堂本――」
苦い表情をし、要は一度だけ湊を振り向いた。新垣を足止め出来るかも知れない湊に助力を求めるためだろう。けれど、秋乃は見た。要が僅かに隙を作った瞬間、新垣の銃口が要一人に固定されたのを。
「先輩っ!」
気付けば叫んでいた。
秋乃の叫びに要は瞬時に反応したが、あの距離ではもう間に合わない。
状況の悪化はまだ続いた。
鈍い音を立て、倒れ込む湊。その周りに、徐々に血溜まりが広がっていく。一瞬の、そして、秋乃を絶望の淵に落とすに充分な出来事だった。
「……堂本……?」
庇われた要は、身を起こしながら呆然と湊を見下ろしている。助けられるとは思ってもみなかったのかも知れない。
湊は荒い呼吸と呻きを繰り返している。秋乃も要も言葉を失っていた。
「お前のせいでそのガキは死ぬ。どんな気分だ?」
新垣が声を立てて要を嘲笑し、煽る。
要が顔を上げた。怒気に染まっている。その怒りの矛先は新垣か、或いは自分自身か。
怒りで我を忘れた様子で、握り締めた手錠を操ろうと動いた要の右手を、早々に弾丸が撃ち抜いた。
逃げ口すら潰された。最悪の状況だった。
【To be continued】
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