第254話  非常識さを思い知っちゃう、ぽっちゃり


 アリアちゃんとイリアちゃんのお給料問題を論じていたところ、突如横から入ってきたエミリー。

 そのエミリーがビシッとわたしに指をさし、この王国の常識を力説してくれた。


「この王国内において、業界や職業に関わらず見習いの者が受け取れるが、良くて銀貨一枚くらいなのです!!」

「な、なな、なんだってーーー!!?」


 衝撃の事実を突きつけられたわたしは、すっとんきょうな声で叫んだ。

 遅れて、バンッ! とテーブルを叩く。


「ええっ!? ち、ちょっと待ってよ! それじゃあこの王国で何かの見習いとして働いてる人は、みんな銀貨一枚とかっていう薄給なの!?」

「基本的にはそのような形になっておりますね。それに銀貨一枚というのも良ければの話で、銅貨数枚や、あるいは本当の意味で無給の状態で仕事を請け負っている方もざらにいらっしゃいます」

「い、いやいや、さすがにそれはおかしいでしょ! この国の労働基準法は……ああ、ないんだっけ。そ、それにしたって無給とか良くて銀貨一枚とかさすがに少なすぎじゃない!? しかもそのお給料って日給なんでしょ!?」


 これは時給の話じゃない。

 日給の話だ。

 つまり丸一日働いた上でお給料が銀貨一枚程度ということ。

 日本円にしたら千円ほどだ。

 しかもそれも良い方だそうで、数百円ほどの価値しかない銅貨数枚や、あるいは全くの無給の人たちもざらにいるとか、労働環境どうなってんの!?


「この国において……というか、世界を見ても多くの国で見習いの人間の待遇はこのようなものです。国によって多少の扱いの差はあるものの、どこも似たような感じですね。むしろコロネ様が軽々しく日給で金貨一枚だなんてどんな考えをお持ちなのか疑ってしまいますよ。下手をすれば、なにか騙そうとしているんじゃないかと勘ぐられても文句はいえないです」

「そ、そんなに!?」


 わたしは善意と感謝の気持ちで少し多めかなと思ったけどアリアちゃんとイリアちゃんにお給料をあげたっていうのに!

 それがまさかめちゃくちゃ裏目に出ていたなんて!?


 わたしはエミリーの言っていることが本当かどうか、二人に視線を移す。

 アリアちゃんとイリアちゃんは、気まずそうで伏し目がちに口を開いた。


「い、いえ! コロネさんを疑っているわけじゃないですよ!? ですけど、さすがにこの金額は相場を超えすぎているので……」

「わ、私もコロネさんのことは信じています! ただ、ちょっとだけ不安というか……どうしたら良いのか困惑しているっていうのが正しい表現かなって思います」


 二人は言葉を選びながら答えてくれた。

 ……そうか。

 二人もエミリーの考え寄りなんだね。

 ていうか、この中で唯一異国どころか異世界からやって来たわたしが非常識ってことになるんだもんね。 

 仕方ない。

 郷に入っては郷に従えとも言うし、ここはわたしが引こう。

 だけど、一度あげた金貨をやっぱり返してと引っ込める気はない。 


「うう、分かったよ。それじゃあその金貨は先払いってことにしといてよ。とりあえず十日間くらいお店を手伝ってもらうから。それなら相場通りだから問題ないでしょ?」


 銀貨は十枚で金貨一枚と両替できる。

 つまり、見習いの人の日給の上限が銀貨一枚だっていうなら、十日間働いてもらえれば合計で金貨一枚に匹敵するのだ。

 ふっふっふ、これならば文句はあるまい!


 わたしの提案に、不承不承といった感じでアリアちゃんとイリアちゃんは受け入れてくれる。

 隣のエミリーは非常識なものを見るような目で肩をすくめていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る