第58話  オリビアを皆に紹介しちゃう、ぽっちゃり


「お礼の品……?」

「はい! 一昨日、《魔の大森林》で魔物の群れに襲われていた私を助けてくださったコロネさんへのお礼の品です!」


 ああ、そう言えばなんかそんなこと言ってたっけ。

 貴族令嬢の口から出てくる『お礼の品』の言葉が怖くて受け取るのを遠慮した記憶がある。

 ほら、貴族って良くも悪くも一般人とは違う世界で生きてるから、お礼の基準も規格外の可能性があるし。


「それじゃあ、俺はこれで帰るぞ」

「あれ、アルバートさんはもう帰っちゃうんだ」

「ああ。元々オリビアの付き添いに来ただけだからな。それにまだ仕事が残っているから、あまり時間を潰していられない」


 言いながら、そのまま帰ろうとするアルバートさんに、わたしは待ったをかける。


「ちょっと待って。帰る前に一つ聞きたいんだけど……お礼の品ってなに?」

「ああ、それは……まあ、現物を見た方が早いだろう。なに、これからオリビアが案内してくれるから心配はいらんぞ。それじゃあな」

「あ、ちょっと!」


 それだけ言い残すと、アルバートさんはさっさと立ち去ってしまった。


 お礼の品が何なのか聞き出せなかったのは残念だったけど……アルバートさんはオリビアが案内してくれるとか言ってたよね。

 手軽な小物や現金とかなら、この場でわたしに手渡しすればいいだけだから、『案内』というワードは出てこないはず。 

 ……早速だけど、嫌な予感がするんだけど。


「それではコロネさん! これからは私が責任を持ってお礼の場所までご案内させていただきます!」

「……それって断っても――」

「では行きましょう! 出発です!」

「くそっ。やっぱりこんな簡単に断れるわけないか……!」


 オリビアがわたしの赤ジャージの袖をぐいぐいと引っ張ってくる。

 全くこのオリビア、一見おとなしそうで清楚系っぽい雰囲気をまとっているというのに、なかなかどうして我が強い。

 貴族令嬢が一般市民の宿に侵入して連れ出そうとしてるとかこれ何らかの法律に抵触してるんじゃないの?

 そこら辺ちゃんとオリビアはわかってるのかな?

 ぽっちゃりには何してもいいって訳じゃないんだよ?


 オリビアに引っ張られながらしぶしぶ重い腰を上げるわたしに、わいちゃんが困惑した表情で聞いてきた。


「ご、ご主人。今からどっかに行くんやろか?」

「そうなるかな。ごめんね寝てたのに。わいちゃんとサラはここで寝ててもいいよ?」

「いや、わいはご主人の忠実なる従魔や! ご主人が出かける言うんやったら、わいもついていくで!」

「ぷるん!」


 サラとわいちゃんが、力強く答えてくれる。

 みんな朝からオリビアに叩き起こされた被害者であるというのに、なんて健気な子たちなんだ……!


 わたしがサラとわいちゃんに感動していると、遅れてオリビアがわいちゃんの姿を見た。


「あら? コロネさんの部屋に謎のもふもふちゃんがいます!」


 オリビアはわたしから手を放し、床でちょこんと立っているわいちゃんの前でしゃがんだ。

 そして、わいちゃんのもふもふボディを触りだす。


「な、なんや! 無遠慮にわいの体を――」

「まあ! 今さらですが、このもふもふちゃん話すことができるのですね! 人間と会話ができる従魔はあまり数が多くないと聞きますが、この子は賢いんですね! コロネさん、このもふもふちゃんのお名前は何というのですか?」

「わいちゃんだよ。昨日からわたしの従魔になったんだ」

「変わってますが可愛らしいお名前ですね! 私はオリビアと申します。よろしくお願いしますね、わいちゃん」

「オ、オリビアはん! わかったからそんな撫で回されると……! ご主人、助けてぇな~!」

「ごめんね、わいちゃん……。今日のオリビアはかなりアクティブみたいだからちょっとやそっとのことじゃ言うことを聞かないっぽいよ。あと、一応オリビアは貴族令嬢だから、噛みついたりとかはしないであげてね」

「そ、そんなぁ~! ご主人~~!」


 わいちゃんが悲痛な声をあげながら、オリビアに体をまさぐられている。

 その光景を横で見ていたサラは、ぴょんぴょん跳ねて喜んでいた。


「もちろんサラちゃんのことも忘れてはいませんよ! ほら、ぽよんぽよん~!」

「ぷるーん!」


 オリビアはサラをぽよぽよしてじゃれあい始める。

 ひとしきりサラと遊んだあとはまたわいちゃんのボディをもふもふし、サラをぽよぽよし……という風にわたしの従魔たちと楽しそうに遊んでいた。

 そして気づけばわたし一人だけ放置されているような構図になっている。

 従魔たちと遊んでいるなら、わたしは二度寝の続きをしてもいいかな?


 本気でベッドに戻ってもう一眠りしてやろうか考えていると、わたしの部屋の扉が控えめにギィ……と開いた。


「コ、コロネお姉ちゃん? 何だか色んな声が聞こえてくるんだけど、大丈夫……?」

「ナターリャちゃん!」


 部屋に訪れたのは、エルフ少女のナターリャちゃんだった。

 心配そうな表情でわたしの部屋に入ってくる。


「騒がしくしちゃってごめんね、ナターリャちゃん。もしかして起こしちゃったかな?」

「ううん。ナターリャはもう起きて本を読んでただけだからいいんだけど……これどういう状況なの?」


 サラとわいちゃんを高速でぽよぽよもふもふしているオリビアの後ろ姿を見て、ナターリャちゃんは問いかける。

 うん、その質問の答えはわたしも聞きたいくらいだよ。

 わたしにお礼の品を渡しに来たと言っていたオリビアは、今は従魔たちとのふれあいに全力を尽くしている。

 オリビアってこんなに情緒不安定な子だったっけ……?


「おや、またまた見知らぬお方がいらっしゃいましたね! あなたもコロネさんのお仲間さんなのでしょうか?」

「え、えっと、はい。ナターリャっていいます」

「そうですか! 私はオリビアです。よろしくお願いしますね、ナターリャさん!」


 オリビアはナターリャちゃんの手を取ってご機嫌そうに握手する。

 一方でナターリャちゃんは、困ったようにわたしの方を見た。


「コ、コロネお姉ちゃん。このオリビアさんって人は誰なの?」

「一昨日知り合った女の子、かな? 一応この街を治める領主の娘で、れっきとした貴族だから注意してね」

「き、貴族!?」


 貴族と聞いて、ナターリャちゃんの体が固まる。

 あくまでオリビアは人間の中での貴族なんだけど、エルフであるナターリャちゃんも緊張するものなんだね。


「貴族ですが、そう特別視せず普通に接していただけると嬉しいです」

「わ、わかった、よ……?」


 ナターリャちゃんはぎこちなくオリビアに答える。

 まあ貴族相手にタメ語を話すとか、本人が承諾していてもちょっと怖いよね。


 まあ色々と抗議したい点はあるけど、これでわたしのパーティメンバーとオリビアの紹介も済んだね。

 それじゃあこれからオリビアとお出掛けするハメになるんだろうけど、わたしはこのまますぐに外出する気はない。

 なぜなら、まだ朝ごはんを食べていないからだ!

 ここの宿屋の料理は美味しいからね。

 昨日も朝ごはんを食べさせてもらったけど、とっても美味しかった。

 まあ半分寝ぼけてたからいつの間にか料理はなくなってたっていう感覚なんだけど、美味しかった記憶はある。

 だから朝ごはんを食べてから外出することだけは譲れないのだ。


「それで、オリビア。お礼の品の件なんだけどさ、行くのは行くから朝ごはん食べてからでもいい?」

「朝ごはんですか? ああ、そう言えばここの宿屋の料理は他の宿よりも手が込んでいると評判でしたね」

「そうだね。ここの宿のご飯は美味しいし」

「わかりました! では、みんなで一緒に朝ごはんを食べに行きましょう!」

「え、オリビアもついてくるの?」

「はい! もしかして、私が同席するのは嫌でしょうか……?」

「いや、そういうわけじゃないよ! だけどオリビアはこの宿の宿泊客じゃないよね? 宿泊客以外のお客さんでも、朝食だけ食べるとかってできるのかな?」

「うーん、どうなんでしょうか。まあとりあえず一階に降りてみましょう。私も朝ごはんを食べられるかどうか、宿の人に確認してみます」


 いや、オリビアが直接頼みに行ったら宿の人は断れないんじゃ……。

 なんだろう、なぜかルカがあわあわしながらオリビアの対応をする姿が簡単にイメージできた。

 いや、オリビアとアルバートさんの二人がわたしの部屋に突撃してきたんだから、オリビアは宿の人と顔合わせ済みか。

 もしかしたらすでにルカとも会っているかもしれない。


「まあそれじゃ、食堂に行こうか。お礼の品とやらが何なのか気になるけど……」

「ふふふ、それは見てのお楽しみです!」


 どうやらお礼がなんなのかはまだ秘密のようだ。

 一体どんな物がプレゼントされるんだろうね……。


 オリビアのプレゼントに少しばかり不安を感じながら、わたしたちは一階の食堂へぞろぞろと降りていった。




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