第55話  急いで宿に戻っちゃう、ぽっちゃり


「それでは、こちらクエスト達成報酬になります。今回はパーティでの達成でしたので、それぞれ金貨五十枚ずつに分けておりますので……」


 暗い顔をしたクレアさんは、受付のテーブルにこんもり金貨が詰まった小さな麻袋を二つ置いた。

 今回のマギの実の採取クエストの報酬は白金貨はっきんか一枚。

 白金貨はっきんか一枚はちょうど金貨百枚と同等の価値だから、折半してお互い金貨五十枚ずつってことだね。


「そして、先ほど頂戴した余剰分のマギの実とアーミータラテクト、ジェネラルタラテクトの各種素材買取なのですが、例によって鑑定に時間がかかりそうなので、明日以降のお支払いという形にさせていただいてもよろしいでしょうか……?」

「う、うん。それは構わないんだけど……大丈夫?」

「あははは、大丈夫ですよコロネさぁん。こう見えてもわたしだってギルド嬢の一人なんですから、あんな蜘蛛の鑑定くらい……」


 ギルドの奥から、キャー! という叫び声や、うぎゃあああ! といううめき声が漏れて聞こえてくる。

 さっきレスターさんの指示でギルド職員総出の鑑定が行われたんだけど、その鑑定を行う魔物がアーミータラテクトとジェネラルタラテクトという巨大蜘蛛だったから……みんな拒絶反応がスゴいんだろう。

 しかも鑑定するアーミータラテクトは一体や二体じゃなくて、優に百体は超えているからね。

 そんな大量の巨大蜘蛛を一度に見たら、わたしでも軽いトラウマになるかもしれない……。


「それじゃあ、報酬は半分ずつでいいよね? はい、これナターリャちゃんの分」


 わたしは金貨が詰まった麻袋をナターリャちゃんにわたす。

 だけどナターリャちゃんは手を振って遠慮する。


「い、いや、こんなにもらえないよ! 今回のクエストはほとんどコロネお姉ちゃんのおかげでクリアできたのに!」

「そんなことないよ。たしかに魔物はほとんどわたしが倒したけど、肝心のナターリャちゃんのサポートがなかったらこんなにスムーズにクエスト達成はできなかったのは間違いないんだから。報酬の半分を受けとる権利はあると思うよ!」

「そ、そうなの、かな……?」


 わたしは自信なさげなナターリャちゃんを励ます。

 すると、ナターリャちゃんはもじもじしながら、上目遣いでわたしを見上げた。


「そ、それじゃあ……ありがとう、コロネお姉ちゃん」

「うん。ちょっと重いから、気をつけてね」

「わあ! ホントだ!」


 わたしが麻袋をわたすと、ずっしり詰まった金貨の重みにナターリャちゃんが危うく落としそうになるが、何とか麻袋をキャッチした。

 金貨も五十枚も貯まると結構な重みになるからね。


「わああああ! これが五十枚もの金貨なんだぁ……!」


 ナターリャちゃんは麻袋の口を開けて、中身を確認している。

 中にはキラキラと輝く黄金色の金貨がたくさん詰まっていることだろう。

 ナターリャちゃんは〈獅獣の剛斧ビーストアックス〉の冒険者とパーティを組んだために正当な報酬をもらえずに困っていたからね。

 これがナターリャちゃんがパーティメンバーとして初めて受け取る正当な報酬だ。

 自分で働いて稼いだお金に、感動しているのかもしれない。


「ふふっ、良かったですねナターリャさん。素敵な方と同じパーティになれて」

「うん! あっ、でも……」


 ナターリャちゃんは一瞬喜んだあと、すぐに表情が暗くなる。


「どうかしたの? ナターリャちゃん」

「うん……。たしかにコロネお姉ちゃんとパーティを組めて、一緒に冒険ができたのは楽しかったけど……それも今日で終わりだから……」

「え? どうして?」

「だ、だって、コロネお姉ちゃんとパーティを組むのは今日一日だけっていう約束だったし……」


 ナターリャちゃんに言われて、思い出した。

 たしかわたしが一緒にパーティを組もうと誘った時に反応がいまいちな感じがしたから、保険として今日一日だけの臨時パーティでどうかな? って提案したんだった。

 あの時のナターリャちゃんは〈獅獣の剛斧ビーストアックス〉の冒険者に騙されて正当な報酬を受け取れなかった直後だったから、ナターリャちゃんの警戒心を解くためにそういう提案をしたんだ。

 ナターリャちゃんとのクエストが楽しくてすっかり忘れてしまっていた。

 だけど、どうやらナターリャちゃんはずっとその約束を気にかけていたみたいだ。


「それならさ、これからもわたしとパーティを組もうよ」

「えっ……いいの!?」

「もちろんだよ! ナターリャちゃんがいいなら、わたしと一緒に冒険してほしいな! まあ、ちょっと振り回しちゃうかもしれないけどね」


 わたしはこの異世界でやってみたいことがまだまだある。

 それに、色んな場所に訪れて異世界巡りをしたいとも考えている。

 だから一ヶ所で定住したいならわたしの方向性とは合わないかもしれないけど……なんて心配をしていたけど、どうやら杞憂だったみたい。

 ナターリャちゃんは、パッと花が咲くような笑顔で応えてくれる。


「うん! ナターリャもずっとコロネお姉ちゃんといたい! コロネお姉ちゃんのパーティに入れさせて!!」

「ありがとうナターリャちゃん! これからもよろしくね!」

「ナターリャはんもご主人のお仲間になったとはめでたいこっちゃで! これでもっと賑やかになるなぁ!」

「ぷるーん!」

「わいちゃんもサラちゃんもありがとう! ナターリャお役に立てるようがんばるから、これからもよろしくね!」


 サラとわいちゃわも、ナターリャちゃんを受け入れるようにはしゃいでいる。

 そんな仲睦まじいわたしのパーティに、クレアさんは微笑みを浮かべた。


「ふふふ、新パーティ結成おめでとうございます。それでは、お二人の冒険者カードにもパーティ登録をしておきますね」

「ありがとうクレアさん」

「あ、ありがとうございます!」


 クレアさんから受け取った冒険者カードを確認すると、一つおかしな点に気がついた。


「……あれ、なんかわたしの冒険者ランクがCになってるんだけど」

「あ、ナターリャの冒険者ランクもCになってる!」


 元々のわたしの冒険者ランクは最底辺のGだったはずだ。

 もしかして、GとCの印字を間違えたのかな?

 ギルド側のミスを疑ったけど、クレアさんは冷静に応える。


「お二人の冒険者ランクは、こちらでアップさせていただきました。本当はコロネさんはSランクにしたかったんですけど、Bランク以上はギルド指定の認定試験を受けなければならないので、今回はやむなく認定試験なしでアップ可能なCランクにさせていただきました!」


 いや聞いてないんだけど! ってツッコミを入れようかと思ったけど、まあ今回のクエストを達成したら一気にランクアップしても仕方ないのかもしれない。

 なんせ本来のクエスト受注の最低条件はパーティランクでもBランク以上だったからね。


「……まあ、ランクが上がって困るようなこともないからいっか」

「ナ、ナターリャ、一気に冒険者ランクが上がっちゃった! わーい!」


 微妙な反応のわたしとは反対に、ナターリャちゃんは劇的なランクアップに万歳して喜んでいる。

 ナターリャちゃんは真っ当に冒険者稼業をやってるから、人一倍嬉しのかな。

 何となく冒険者になったわたしとは大違いだね。


 まあ何はともあれ、今日はもう帰るだけだ。

 そこでふと、ナターリャちゃんがどこで寝泊まりしてるか気になった。


「そう言えば、ナターリャちゃんは宿とか取ってるの?」

「ううん。探したんだけど、安い宿はどこもいっぱいで取れなかったの。あ、でもこんなにお金をもらえたから、ちょっと高めの宿なら開いてる所があるかも!」

「それなら、良かったらわたしが泊まってる宿はどう? ご飯も美味しいし、部屋もキレイだよ! たしか一泊で金貨一枚だったよ」

「そうなの? じゃあ、ナターリャもそこの宿に泊まろうかな!」

「ほんと!? なら、わたしが案内してあげるよ!」


 ナターリャちゃんと一緒の宿に泊まれるなんて帰るのが楽しみだ。

 すると、そばでわたしたちの話を聞いていたクレアさんが口を挟んでくる。


「もし宿に泊まるなら、急いだ方がいいかもしれませんよ。もう夜になってきましたし」


 クレアさんに言われてわたしは外を見てみる。

 ギルドの窓や扉から覗く外は、たしかに暗くなっているね。

 夜といえば、やっぱり晩ご飯が楽しみだね。

 ん?

 そういえば、晩ご飯で何か大事なことがあったような……。


 そこでわたしは、ルカのある言葉を思い出した。


「ああああああ! もう夜じゃん! 遅くなると、ルカの美味しい晩ご飯が食べられなくなる!!」

「え、ご、ご飯?」


 ルカは夕食の時間までに宿に戻らなかったら食事の提供はなくなると言っていた!

 もうすでに空は暗くなってるから、もたもたしてたら晩ご飯抜きになってしまう!!


「急ごうナターリャちゃん! 晩ご飯がなくなる前に、ルカの宿屋に行くよ! それじゃあクレアさん、またねー!」

「え、わぁっ!?」

「ご主人!? いきなりどうしたんや!?」


 わたしはナターリャちゃんをお姫様抱っこして、わいちゃんをぽふっとナターリャちゃんのお腹に乗せる。

 サラはちゃんとわたしのジャージの中に入っているね!

 みんなしっかりいるのを確かめて、身体強化をフル稼働する。


「コ、コロネさん!? もう行かれてしまうんですかー!?」


 クレアさんの声を背中に感じながらギルドを飛び出して、ルカの宿屋まで爆走していった。




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