第54話  レスターさんに引いちゃう、ぽっちゃり


「うわぁ~、ギルドの奥ってこんなに広いお部屋があるんだぁ。ナターリャ、初めて見た!」

「えらいでっかいテーブルがぎょうさんありまんな! ちっさいドラゴンやったら乗ってまうで!」


 ギルド奥の素材買取部屋という広大な室内にやって来たわたしたち。

 中でも初めてこの部屋に入ってきたナターリャちゃんとわいちゃんは二人してはしゃいでいる。

 まあこの部屋思ったより広いからね。

 たしか巨大な魔物の素材買取をする専門の部屋だって言ってたから、これだけ大きな作りになってるんだろう。


「それではコロネさん、マギの実の方を確認させてください!」


 わたしたちが部屋に入ったのを確認すると、クレアさんがマギの実の提出を要求してきた。

 わたしはその要求に素直に従う。


「わかったよ。まずはクエスト分のマギの実百個からね。サラ、お願いできるかな」

「ぷるーん!」


 サラはぽよんと巨大なテーブルの上に降り立つと、ぷくぅと少し膨らんだ。

 すると、ぷぷぷぷぷ! と、次々とマギの実を放出していく。

 まるでスイカの種をぷぷぷぷ! と吐き出しているみたいだ。 

 その光景を見たわいちゃんは、ナターリャちゃんの腕の中から驚きの声をあげる。


「な、なんや! サラはんの体からマギの実が出てきよった!」

「サラは解体スライムだからね。ああして解体した素材を取り出すことができるんだよ」

「はぇ~、便利なスキルを持ってまんなぁ」


 しばしの間マギの実の吐き出し続けていると、ゴロゴロとたくさんのマギの実が山積みになった。

 一個一個色が異なっていて、とってもカラフルなお山ができあがっている。


「ぷるん!」

「クレアさん、これでマギの実百個だよ」

「ありがとうございます! 確認いたします!」


 クレアさんがテーブルに広がったカラフルな山からマギの実を一つずつ取り出し、鑑定に入る。

 さすがの手さばきで、見る見る内にマギの実が鑑定され、色別に仕分けられていく。

 まあサラが解体してくれたやつだから、基本的に不良品なんかは混じっていないだろうし、鑑定する側としても作業が捗りやすいのかもしれないね。


 そんなことを考えながらクレアさんの鑑定を眺めていると、レスターさんからお声がかかった。


「さて、コロネよ。まだマギの実はあるのだろう? 我がギルドで買取を行う分は、このケースに入れてくれ」


 レスターさんは、大きな入れ物をテーブルに置いた。

 例えるなら、子供数人が余裕で遊べるくらいの大きさのビニールプールみたいな容器だ。

 まあ材質は木でできてるから、平べったい大きなかごとも言える。


「わかったよ。ちょっと待ってて」


 わたしはテーブルのサラを手に乗せる。

 不思議そうにしているサラに、小声でささやいた。


「サラ。さっきのマギの実なんだけど、わたしの分を三十個くらい残しておいてくれるかな?」

「ぷるるん!」


 サラはぷるんと震えて了承してくれた。


 マギの実は生だとあんまり美味しくなかったけど、わたしの食の鑑定によると、調理すればそこそこ美味しくなると書かれていた。

 それなら、ちょっとわたしもマギの実で料理をしてみたくなったのだ。

 まあいつになるかわからないけど、暇な時間ができたらマギの実のクッキングにでも挑戦してみようと思っている。

 だけどレスターさんの目の前でマギの実を出し渋るようなことをするとまた何か言われそうだから、こうしてサラに秘密のお願いをしているのだ。


「おい、どうかしたのか?」

「ううん、なんでもない。それじゃあサラ、余ったマギの実を出して!」

「ぷるん!」


 サラは元気に返事をすると、レスターさんが用意した入れ物にドサドサとマギの実が吐き出されていく。

 カラフルな果物がゴロゴロと大きな入れ物の中に満たされていき、その光景を見たレスターさんは興奮して叫んでいる。


「おおおおおお! さすがはコロネ! クエスト分のマギの実を納品した上で、これほど大量のマギの実まで持ち帰ってくるとは!!」

「まあマッドブラッディツリーはほぼ一撃で倒したからね」

「なにっ!? マッドブラッディツリーを一撃で倒しただと!?」

「う、うん、そうだけど。そんなに驚くようなことなの?」


 平然と答えるわたしに、レスターさんは呆れたような顔になる。


「そうだった、今話してるのはコロネだったな」

「……それはどういう意味かな?」

「マッドブラッディツリーは、基本的に倒すことを想定して戦う類いの魔物じゃない。マギの実の採取は、マッドブラッディツリーと戦いつつ、隙をついて少しずつマギの実を奪い取るという戦闘パターンで採取するのが普通だ。単純に討伐するだけならまだしも、マギの実を確保した状態でマッドブラッディツリーを討伐するのはかなり難しいからな」


 レスターさんの話を聞いて、わたしはとても納得する。

 たしかにマッドブラッディツリーは倒すのは簡単だけど、マギの実を確保した状態で倒すのは難しかった。

 なんせマッドブラッディツリーは再生魔法が使えるから、普通に攻撃してもすぐに再生されてしまうからね。


 まあ、今回マッドブラッディツリーを倒せた要因を挙げるとするなら――


「ま、わたしには心強いメンバーがいたからね。ナターリャちゃんがマッドブラッディツリーの魔石の位置を特定してくれたから、楽に倒すことができたんだよ」

「ええ、ナ、ナターリャ!?」

「ほう。その娘が……」


 レスターさんが興味深そうにナターリャちゃんを見る。


「エルフのようだな。エルフの中には人間には見えない魔素の流れを知覚できる者がいると聞く。そこのナターリャとやらもそのような能力があるらしい」

「い、いや、ナターリャはべつにそんなすごいエルフじゃ……」

「わたしもナターリャちゃんは十分スゴいと思うよ!」


 ナターリャちゃんは謙遜しているけど、わたしもナターリャちゃんの能力はすごいと思う。

 現に、今回のマッドブラッディツリー戦ではとても助けられた。

 ナターリャちゃんが魔石の位置を教えてくれたからこそ、これだけどっさりとマギの実を採取できたわけだからね。


「それに、そこのもふもふの魔物はコロネの従魔か? 昨日会った時はいなかったように思うが」

「この子はフラッフィードラゴンっていう種で、一応ドラゴンの仲間みたいだよ。さっきマギの実の採取クエストの途中で出会って、仲良くなったからわたしの従魔になってもらったんだよ」

「わいはわいちゃんや! どうぞよろしゅうな!」

「ほう、そのなりでドラゴンか。曲がりなりにもドラゴンを従魔にするとは、やはりお前さんは規格外だな」

「いやいや、偶然の出会いが良かっただけだよ」


 そんな話をしていると、サラが声をあげた。


「ぷるーん!」


 どうやらマギの実を全て吐き出し終えたようだ。

 入れ物の中には、カラフルなマギの実がぎっしりと詰まっている。


「これで全部だって」

「おおお、こんなに大量のマギの実があるとは予想外だったぞ!!」


 筋肉を脈動させて喜んでいるレスターさんに、わたしは追加の買取をお願いする。


「あ、それと他の魔物の素材もあるんだけど、買取できる?」

「ほう、また別の魔物も倒してきたのか。それで、何の魔物だ?」

「アーミータラテクトとジェネラルタラテクトなんだけどね。サラ、解体したやつを出してくれる?」

「ぷるるぅん!」


 わたしがお願いすると、サラは一つ隣のテーブルに移動して、ぶわっとスライムボディを巨大化させた。

 そして、バラバラに解体された大量の蜘蛛の亡骸が現れる。

 うん、やっぱり何度見ても巨大蜘蛛は気持ち悪いね。


「アーミータラテクトがこんなに! しかも、それはジェネラルタラテクトではないか!!」


 ドサドサと現れる蜘蛛の素材から、レスターさんは黒い毛が生えた蜘蛛の素材を手に取る。

 ああ、あれは風魔法を撃ってくるアーミータラテクトの司令塔、ジェネラルタラテクトだね。

 タランチュラみたいな見た目でとてもキモかった。


 わたしが嫌な記憶を思い出していると、横から控えめな声でクレアさんがやって来た。


「あ、あのぉ、マギの実百個の鑑定は終わったのですが……」

「おお、鑑定が終わったかクレア。では、次はこのアーミータラテクトの鑑定に移るぞ!」

「や、やっぱりですかぁ!? うぅ、ああいう系の魔物はあんまり得意じゃないんですけど……」

「ギルドの受付嬢ともあろう者が何を情けないことを言っている! ほれ、コロネにクエスト報酬を渡したら、すぐにこのアーミータラテクトらの鑑定に取りかかるぞ!」


 アーミータラテクトを鑑定する気マンマンのレスターさんを見て、クレアさんは恨みがましそうな目でわたしを見る。


「ううぅ、コロネさぁん……どうしてこんなに気持ち悪い魔物を持って帰ってきたんですかぁ」

「気持ちは分かるよ……だけど恨むならレスターさんにしてよ」


 アーミータラテクトに不快感を表している女性陣とは対照的に、レスターさんだけはガッハッハッハ! と笑いながらアーミータラテクトの鑑定に取りかかっていた。


 わたしたちはそんなレスターさんを、少し引いた目で眺めていた。



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