第四話 ノロ教授(その二)

 JRの駅から出ると、ものの見事に殺風景な景色が拡がっていた。

「やれやれ、またこの町に来ることになろうとはね」

 此処を出る時には二度と訪れる事はあるまいと思っていたのに。まったく巡り合わせというのは珍妙なものだ。

 イヤ訂正しよう、間違いなくコレはあの腹黒で陰湿な上司の采配。あたしがあの事件の張本人だからこそ、わざわざ今回の仕事を回してきたのだ。

「殺人事件ならぬ活人かつじん事件ね。マスコミってのは下らない物言いに執着するもんだ」

 スマホで見るネットのニュースでは、とある町で死人を蘇らせる事件が起きたと小さく報道されていた。人が死ぬ反対だからきる人、つまり活人事件だ。実にしょうもない。だがもう何十年も繰り返し使われて、今ではすっかり市民権を得ていた。

 事件が余り大仰に騒がれていないのは、株の下落と大手商社の不正とが紙面を賑わせているからだ。ちょっと前は大物政治家の贈収賄と台風被害の話題でもちきりだったが、そっちの興味はすっかり失せてしまったらしい。

 要するに、人が一人死のうが生き返ろうが大勢の人達にとっては大した興味ではないということだ。

「ま、そっちの方がやり易いけどね」

 きっと裏で怪しく調整されているのだろう。確かに騒がれ過ぎるのは宜しくない。

 事件の報道具合を確認していると「邑﨑さんですか」と声を掛けられた。振り返ると一人の若いスーツ姿の男性が立っていた。ただ立っているだけの自然体なのだが隙が少ない。はいと返事をすると相手は軽く会釈した。

「公安の山根と言います。よろしく。それは?」

 手にしていたバスケットボックスに視線を落として「猫ですよ」と言った。

「古い相棒です」

「成る程それが噂の。クルマを用意していますので、こちらへ」

 公安の捜査官が自ら自己紹介をするなんて珍しい。まぁ偽名であることに間違いは無かろうが、信用の表明なのだとでも言いたいのかもしれない。

 駅の脇にある横道に入ると地味な色合いのセダンがあって、男と一緒にその後部座席に乗り込むと静かに走り始めた。

「この手の管轄は全て、警視庁や県警に移行したのではなかったのですか」

「表向きはそうなんですけれどね。ご存じの通り、我々は縄張り意識が強い典型的な官僚組織です。が、ことこの手合いの事件ともなれば、お互いになすりつけ合うばかりで。お恥ずかしい。結局、合同捜査と言う形での参加となりました」

「こういう時のための合特(合同特殊捜査局)なのでは」

 秘匿されているものの、全国規模の上位組織直轄部所なので細々とした諍いは無いはずだ。

「手が一杯なのだそうです。東北で複数件立て続けに発生して大わらわですよ」

「成る程」

「三二年前、この土地で起きた同様の事件の当事者である邑﨑さんにアドバイスを頂きたいと思いましてね。こうしてご足労頂いたという次第です」

「単純に主犯と言って頂いて構わないのですが」

「いえ、流石にそれは」

 口調や態度こそ礼を失していないが、態度のそこかしこに警戒と疑念の気配があった。

 ドライバーの男も同様だ。迎えに来るという体ではあるが、会話の最中でも汗や微かな体臭の変化があって、こちらの一挙一動に少なからぬ反応がある。懐の膨らみとガンオイルの臭いも然り。そもそも、ただの迎えならば一人で済む訳で、二人も寄越すところが彼らの偽らざる本音なのだ。

 膝に乗せたバスケットの中のデコピンが動く。あたしと同じ尻の座りの悪さを感じているに違いなかった。

 移動しながら事件の概要の説明を受けた。事前に受け取った資料とほぼ同じ内容であったが、それでも担当者から直に聞く子細は貴重だ。

 事件が起きたのは古い紡績工場の跡地で、今は閉鎖されたまま取り壊されることもなく残っていた場所だった。跡地とはいえ事務棟は鉄筋コンクリート製三階建ての建屋で、外装を取り繕えば未だに使えそうな佇まいだ。

 ただ、使おうとする者が居ないというだけの話なのである。

 時刻は夕刻。全裸の男性がふらふらと、建屋の中から彷徨い出て来る所を近くに住む住人が目撃し、警察に通報があって確保されることとなった。男性は警官の質問にろくに答える事が出来ず、呂律も回らない上に自分が何者かも分かっていなかった。

 最初はアルコールか薬物による酩酊、もしくは中毒が疑われていたのだが、顔や身体的特徴から数日前に病院で死亡した男性であることが判明した。

 包帯こそは巻いていなかったものの、全身に手術のためと思しき生々しい抜糸以前の縫合痕と拭き取られた血液痕があり、血液とDNA鑑定からも本人と断定。国内では法令制定後から数えて四五番目、七年ぶりの死体蘇生事件として取り扱われることとなった。

「主犯と見なされた女医は逮捕、動機は夫の蘇生。その協力者も全て判明して背後関係は無し。自供、状況物的証拠に犯罪に及んだ理由、そして当人、全て出そろってます。あたしは何の助言をすれば宜しいので?」

「判っておっしゃっているでしょう。ご覧の通り、これは三二年前をそっくりなぞった事件です。

 手法も同じならば動機も同じ。発見された場所も同じなら、蘇生者に施された術式もそのまま再現されています。ただ時間と関係者が違うだけですよ」

「あたしよりは随分と大人しい話です。あの時は木っ端微塵だった。だから足りない部分を色々なパーツでつなぎ合わせた。お陰でとんだクリーチャーが出来上った。交通事故で、心肺停止しただけのこの男性とは雲泥の差です」

「ネクロノミコンを使っているのですよ。上っ面だけを舐めただけのまがい物なんかじゃない、正真正銘の本物。しかも青色の表紙のヤツです。部分的とは言え、この国で未だにアレを行使出来るのはあなただけです」

「この女医もそうではありませんか」

「あなたの残していた術式を再起動させただけです」

「えっ。まだ、残していたのですか。三二年も」

「貴重な資料ですので。あの建物ごと国の管理監督下に置いて封印していました」

「呆れた」

 道理で場所も状況もそっくりそのまま同じはずだ。蘇生した後に人事不省で警察に確保されるとこまで再現とは、思わず失笑してしまいそうになる。要は管理不行き届きの尻拭いではないか。余りにこっぱずかしくて他部所には子細の資料を手渡せなかったということか。実に下らない。

「何れにせよこれで事件は解決、憂いは無いじゃないですか。ひょっとしてあたしは術式の再封印の為に呼ばれたのでしょうか」

「それも在りますが、もっと重要な理由からです。どうも這い出たモノは一人では無いようなので」

「ああ、呼んだは良いけれど追い返すことが出来なかったんですね」

 あの法陣は「再生の術を持つモノ」の召喚だ。対象と贄を用意すれば如何なる死者をも蘇生させる。

 だがそれは元となる肉体が有ればの話で、損壊が激しければその補修が、足りないものがあれば別の何かで補填が必要だ。そして事が済めば更なる対価を支払ってお帰り願わねばならない。出来なければその場に留まって人にとっての災厄へと変貌する。代償を求めて人の世を徘徊し始めるからだ。

「ひょっとしてその女医、虫の息なのでは?」

「はい。警察病院に収容されていますが、数日前から意識混濁で呼びかけても返事が出来ません。代償に内臓をごっそりもっていかれたそうで、医者の話ではもう永くはないとか」

 やはりそうか。その女医の旦那が我に返ったとき、果たしてどんな顔をするやら。

 少し重めの吐息をついた。

「で、あたしにそれを見つけて狩れと」

「今回、邑﨑さんには助言をお願いしているだけですので強要は致しません」

「でもやって欲しいのよね」

「はい、本音は」

「分かった、良いわよ」

「感謝します。成功の暁には充分な」

「ああもうそういうのはいいから。でも回りくどいわね、もっと簡潔に説明できないのかしら」

「状況説明は必要でしょう」

「しくじったから尻拭いを頼むと、そう言うだけで良いのではなくて?」

 山根とか云う名前の男は、黙ったまま渋い顔をするだけだった。

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