第17話 Black Dot Diary Paperback Documents
(ブラック・ドット・ダイアリー・ペーパーバック文書)
BDDPD 二●二四年六月三日(月)
今朝、校庭で全校集会があった。
加賀見台中学に教育実習生がやって来たのだ。
今年は三名。
男が一人に、女が二人。
別に珍しいことではない。
今の時代、教師は人気の商売ではないが教員免許は持っていて損はない。
教頭がそれぞれの経歴を
三人の自己紹介。
ぼくはそのうちの一人に目をつけた。
加賀見台中の卒業生ではない。
都内の有名私立大から来た人だった。
見た目がきれいだから注目したわけではない。
実習期間中、彼女は一年生のクラスの副担任になるようだが、なぜか校庭に並んだ二年生のほうばかり見ているのだ。
特に2-Cの辺りに視線が来ていた。
ぼくと目が2度合った。
それに、白い手袋。
彼女は、なぜか右手だけに薄手の白い手袋を
この異物感は、注目に値する。
BDDPD 二●二四年六月七日(金)
日本支部から「蔵森弓」の調査結果が届いた。
問題なし。
中高一貫のお嬢様学校からAO入試で有名私大の教育学部に合格している。
実家は、歯科医院。
父親と兄が歯科医師で、評判は悪くない。
白い手袋については不明。
一年生には、怪我が治るまで嵌めているのだと彼女自身から説明があったという。
実はタトゥーを隠しているんじゃないかという噂もある。
BDDPD 二●二四年六月十日(月)
昼休み、階段で蔵森弓と擦れ違う。
彼女は2階へ向かっていた。
ぼくは1階の購買部へ行くのをやめて、あとを追った。
彼女は2階の廊下を歩いて、2-Cの前で止まった。
扉のガラスから、何かを確認するように中を覗いていた。
ぼくは意を決して声をかけた。
「この教室に何か御用ですか?」
彼女は一瞬、険しい表情を見せたが、すぐに笑顔を作った。
「あなたはこのクラスの生徒?」
「はい。2-Cの西堀慶時です」
「教育実習生の蔵森です。学校の中を見学していたの。わたし、公立の学校というのは初めてで。あ、ごめんなさい。そういう意味じゃなくて……」
ぼくが名乗っても、特に変わった様子はない。
ぼくのことは知らないようだ。
「この教室は去年まで閉鎖されていたんですよ」
ぼくは鎌をかけて、彼女の反応を観察してみた。
「11年前に、ここで何か事件があったんです。それで、幽霊なんか見た人もいてけっこう噂になっていたんですよ」
「えー、そうなんだ。ちょっと怖いね」と笑う蔵森。
見ている限りは、あまり物事を深く考えてなさそうな、普通の大学生である。
だが、白い手袋を嵌めた右手をしきりに左手でさすっているのを、ぼくは見逃さなかった。神経の過敏さを感じさせる仕草である。
「蔵森先生は、何か知っていますか? 加賀見台中事件について」
「ううん。全然。今初めて聞いたよ」
「そうですか。詳しい話は誰も知らないので、ぼくも気になっていたんです」
「西堀さんは、好奇心旺盛だね」と蔵森。「じゃあ、時間だからそろそろ戻るね」
「先生」後ろを向いて去っていく蔵森にぼくは言った。
「この教室には何か、レイラインとかいうものが関係しているようなんです」
蔵森は瞬間、ぴたっと歩みを止めた。
「知ってますか? レイラインて」
蔵森の左手はぎゅっとこぶしを握り、白い手袋の右手は何かを捕まえる前のようにがっと開いていた。
蔵森は振り返らず、聞こえないふりをして階段を降りていった。
決まりだな、とぼくは思った。
どうやら、新たなる暗黒の出現らしい。
BDDPD 二●二四年六月十二日(月)
蔵森弓は協会日本支部の要監視対象となり、学校では在校中はぼくが、放課後は熊谷さんが注視していた。
彼女の校外での生活を探るため、協会専属の探偵も出動しているという。
ここに一枚の写真がある。
白い手袋を脱いだ蔵森弓の右手が写っている。
これは協会の探偵ではなく、何と写真部部長のタカハシが撮影したものだ。
ぼくが「教育実習の蔵森先生の写真、いいのが取れたら一枚100円で買う」と言ったら、タカハシが張り切って得意の盗み撮りで撮りまくったうちの一枚だ。
「何だ、年上が好みか。おまえも隅に置けねえなあ」とタカハシはおっさんのみたいな口調でぼくを冷やかした。
「そうかそうか。お姉ちゃんが好きなのか」
「てめえ、いい加減にしろよ」
「いいじゃんいいじゃん。中二病より恋の病だろ」
タカハシが写した蔵森弓の写真は50枚くらいあった。
横顔のアップと後ろ姿が多い。
タカハシがほかのやつに売らないように、協会からの活動費でデータごと全部買い取った。
注目の一枚は、蔵森が臨時顧問の園芸部で活動していたときのものだろう。
蔵森が屋外の水道で手を洗っている姿が斜め上から撮られている。
タカハシは、どこかの教室の窓から望遠を使って撮ったのだ。
水しぶきの中に、手袋を脱いだ彼女の右手が写っていた。
「この
タカハシには、これは火傷でできたケロイドに見えるようだ。
火傷なのか、タトゥーなのか、判別はできないが、蔵森弓の右手の甲に、歪な星形の黒い模様があることは確かとなった。
彼女の過去の記録を見ても火傷の
最近できたもののようだ。
マクスウェル名誉総裁や菅原支部長代理が恐れていたことが、ついに現実となってぼくの目の前にやって来たようだ。
BDDによると11年前、黒い
今年、魔女は、蔵森弓の右手に宿ったというわけだ。
BDDPD 二●二四年六月二十日(木)
明日は、夏至。
協会的には一年で一番重要な日であり、最も危険な日でもある。
夏至の日の出に合わせて、レイライン上の各ポジションでは、すでに受け持ちの協会員たちが待機している。
ここ、2-Cの担当は、ぼくだ。
ロッカーの中に協会から渡されたミラーが控えている。
昨年12月22日の冬至は、まだ2-Cは電子制御状態だった。
セキュリティーもミラーも自動だったので、ぼくは特にすることがなかった。
今回は古式ゆかしい手動である。
先日、ぼくは千代田区の雑居ビルにある日本支部でレクチャーを受けてきた。
明日の早朝、陸上部の朝練にまぎれて、校内へ侵入。
学校用務員の熊谷さんと一緒に、廊下の窓と教室の窓を全開にして、鹿島神宮経由の〝光〟を受け止め、皇居方面へ向かって飛ばすのである。
明日は曇天らしいが、飛ばすのは光そのものではなく光のパルス信号なので問題はない。
光のパルス信号を飛ばすと、世の中どうなるかというと、どうもならない。
戦争を止める力はないが、爆撃で死ぬ人が少し減るかもしれない。
何もしないより多少はマシになるという話だ。
名誉総裁マクスウェルは言った。
「それでいいじゃないですか」
ぼくも今ではそう思っている。
問題の人物。
蔵森弓は、どうしているかというと、何と今、目の前にいる。
彼女は2-Cの副担任に就任していた。
担当していた1年生のクラスがインフルエンザで学級閉鎖になってしまったのだ。
蔵森弓は、教育実習の期間もあとわずかということで、
季節外れのインフルエンザはなぜか1年生ばかりに襲いかかり、他のクラスも閉鎖の危機に瀕している。
校内では、一階がヤバいんじゃないか、という噂で、生徒たちは一階を走って駆け抜けたり息を止めて階段を上がったりしている。
これがすべて蔵森の右手の力によるものなのかどうかは不明だ。
宇宙空間には、細菌やウイルスや微小な物質が数多く漂っている。
太陽活動の活発化により、太陽風と共に様々な粒子が地球へ降り注いでいる。
果して黒点魔術で宇宙の風を操ることができるのか、今検証している暇はない。
明るい声でクラスメイトたちと談笑する蔵森だが、ぼくとは目も合わさない。
お互い敵同士であることは、もう隠しようがない。
間もなく、蔵森弓との、いや、彼女に宿った魔女との闘いが始まる。
BDDPD 二●二四年六月二十一日(金)
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暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー 沼崎ヌマヲ @Numazaki-Numao
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