第16話 新たなる暗黒の予兆
世界の支配構造は、意外と単純だった。
この地球では、権力を握っている一部の人間たちが、巨大なマネーの力で政治と経済を取り仕切っている。
彼らは国家間、民族間、宗教間の対立をあおって戦争や紛争を起こしたり、支配に異を唱える邪魔な人物を消したりもする。
ここまでは、陰謀論が好きな人たちがよく噂している内容とほぼ同じだった。
では、一部の権力者たちがすべて悪いのか、といえば、そうではない。
彼らもまた、マネーの力で動かされている我々と同じ立場なのである。
お金とは、一種の情報生命体であり、人類はお金に寄生されている。
お金が自らを増やすために、人類は長時間働かされたり、大量に殺されたりしているのだ。
寄生虫に感染したカタツムリが自分から鳥に食われようとしたり、ハリガネムシに寄生されたカマキリが川へ飛び込んだりするのと変わりはない。
お金とは、我々の便利な道具ではなく、我々こそがお金に使われている道具なのだ。
だから支配者も被支配者も、お金の奴隷という意味では同じ存在なのである。
こんな話を聞かされて、お金の支配を打倒して人類を解放しようと立ち上がる人は健康的でいいと思う。トゥーンベリさんとか共産主義の人のことだ。
ぼくなんかは、じゃあ限界集落のはずれにでも小屋を建てて自給自足の生活でもしようかと後ろ向きに考える。
それで狂った暴徒たちが攻めてきたら、あっさり殺されてもいいやと思ったりする。
こんな面倒くさいバカバカしい世界からは、さっさと去るに限る。
来世もいらない。
もし異世界に飛ばされたら、また小屋を建てるだけだ。
だが、マクスウェルは「ちがーう!」と言うのだ。
お金の支配を消し去ることなどできない。
戦争も紛争も防げない。
人類はこの先もバカバカしい生活を続けるだろう。
しかし、多少マシにはできる。
それでいいじゃないですか、と言うのだ。
レイラインで世界は救えない。
水道で世界が救えないように、だ。
だが、水道があれば
水の循環は生命の基本的な条件だ。
レイラインとは、
太陽を理解し、地球を貫く光の意味を知れば、人類は今よりマシな存在になれる。
我々がやろうとしていることは、地球精神のインフラ整備。
我々は地球精神の水道技師、配管工なのだ、と。
地球精神の蛇口の水漏れ、地球精神の排水口のつまりを解消するのが、ぼくに与えられた使命らしい。
レイライン協会は、暮らし安心クラシアン。
わかったようなわからないような話で、マクスウェルの特殊講義は
名誉総裁で高等弁務官の英国貴族をもってしても、この世界の真実はこの程度しかわからないようだ。
誰もこの世の真の姿を知らない、というところまではわかった。
それを知って、ぼくはなぜかとても安らかな気持ちになったのだった。
* * *
四月────。
ぼくは中学二年生になったが、別に何か変わったということもなかった。
ただ中二病はそろそろ卒業しようと思った。
中学二年にもなって中二病というのはちょっと恥ずかしい気がする。
自分が何かヤバいことをしたのを中二病のせいにするのはもうやめよう。
これからは、本物のヤバい人になることにしたのだ。
ツキモト先輩は卒業し、早くも高校陸上界で活躍している。
ぼくは先輩に代わって6代目の2-C管理者になる予定だったが、そうはならなかった。
状況に変化が生じたのだ。
日本政府が英国連邦への空間使用権の更新を断ってしまった。
国際政治の場で英国と日本の関係も変わってきたということだ。
特殊鋼板でできた電子制御のボックスは秘密のうちに撤去され、2-Cはめでたく十年間の閉鎖を解かれた。
教師たちの間では、天井の配管の亀裂は業者の勘違いだったという話になり、新学期から新しい2-Cの生徒が当たり前のように席を並べることになった。
生徒たちは、2-Cの人数が知らないうちに一人増えているとか、自殺した女子の声が聞こえたとか騒いでいたが、一月もたつと静かになった。飽きたのだろう。
だからといって、この教室が安全になったわけではない。
封印が解かれたことで、むしろ危険度は増している。
ぼくは新2-Cの生徒として、ほかのクラスメイトたちと共に教室に座っていた。
ぼくは国際レイライン協会日本支部のエージェント、コードネーム「
ぼくを2-Cにねじ込むくらいの力は、レイライン協会にもあるということだ。
クラスの中で、ぼくは相変わらず浮いた存在で話しかけてくる者もいなかった。
図書室の誰も借りない文庫本のようにただ椅子に座っていた。
一年のときのお騒がせも昔の話になった。
ぼくはスパイとしては理想的な存在感の無さを発揮して学校生活を送っている。
タカハシとの交遊は復活していた。
タカハシはクラスは別だが、写真部の部長になり、カメラを片手に軽いフットワークで校内のあちこちに出没している。
昨日の昼休みも、タカハシは被写体に飢えているのか、カレーパンをかじりながら「おい、何かおもしろいものないか。おまえ以外で」と言っていた。
「さあな……」ぼくは生返事したが、ちょっと考えて「だが、今年は何か起きるかもな」とつけ加えておいた。
果して、ぼくがタカハシに向かって何気なくつぶやいた「何か」は、間もなくやって来たのだ。
(つづく)
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