第14話 ユニオンジャックの旗のもと

 白い部屋の中でぼくが座った席の、左側にツキモト先輩が、右側に熊谷さんが立っている。

 弁護士の接見を待つ容疑者と警備員みたいな配置になってしまった。

 やがて、正面の白い壁が、今度は上にスライドして、大きなモニターが現れた。

 まるでSF映画のように電子制御された空間である。

 モニターがオンになると、そこに一人の女性が映し出された。

 小説『ザ・ウェーブ』のようにモニターにヒトラー総統が映って、横の二人がナチス式敬礼でもしたらどうしようかと思ったが、そうならなくて助かった。

「ニシボリケイジさんですね」女性が言った。

「はい」

「初めまして。国際レイライン協会日本支部代表代理の菅原です」

「どうも」

「私は今、英国留学中で、スコットランドのエディンバラという町から中継しています」

 モニターの女性は、BDDの主人公で超楽観的な中学生だった菅原かえでの10年後らしかった。

 あの小説を読んだ者としては「あらまあ、ご立派になられて」と言いたいところだった。

「あなたは、西堀亜紀さんの従姉弟ですね。アキちゃんは元気ですか?」

「はい。関西の大学で環境社会学の研究をしています」

「そうなんだ。私はエディンバラ大学で社会人類学を専攻しているの。あんな経験をすると、学びたい分野も似かよってくるのかもね。沖村君はアメリカのコーネル大学で物理専攻だけど」


 BDDの登場人物たちの「その後」が語られたところで本題に入った。

「あなたは2-Cの教室に興味を持っていろいろ調べていたようですね。それでどう? 謎は解けたかな」菅原が言った。

「はい。かなりの部分は」

「何か質問はある?」

「『ブラック・ドット・ダイアリー』に書かれていたことは、どうも実話だったようですね。信じがたいことですけど」

「そうですね。筆者の沖村君は、史実に基づいたノンフィクションノベルと言っていましたよ」菅原が笑った。

「みなさん実名で登場していましたが、敵役かたきやくの〝赤神晴海あかがみはるみ〟は仮名でしたね。たぶん、あなたのクラスメイトだった黒海陽菜くろうみはるなさんがモデルだと思いますが」

「よく調べてあるわね」と菅原。

 赤神という人物は存在しない。

 これは、アキちゃんの卒アルで確認済みだった。

「彼女だけ仮名なのは、国際レイライン協会のプライバシーポリシーですか?」

「それもありますが、協会としては黒海さんはあくまで太陽黒点に起因する魔術を宿した何かの依り代ヨリシロとして機能してしまっただけで、彼女自身に罪はないというのが公式の見解です」

「やはり黒いあざが魔女の本体というわけですか」

「その辺りはまだ研究課題ですね。太陽黒点魔術の現象面は確認できても、その具体的なメカニズムは不明なの」

 この場に、月刊ムーの編集長か、ネタに困っているラノベ作家がいたら喜びそうな話題だが、ここにいる三人にとっては大まじめな話のようである。

「確かなことは、太陽活動の上昇とともに、世の中が不穏な状態になること」菅原が言った。

「11年周期の太陽黒点の増加に合わせて国家間の戦争や宗教紛争、民族紛争が勃発したり、階層間の政治的な対立が激しくなったり、犯罪件数が増加することは、すでにご存知かと思います。そして太陽活動がピークに近づくと、どこからともなく黒点魔術の使い手が現れ、ある種のエネルギーの通り道であるレイラインを悪用する魔術で、地球上の紛争や混乱を激化、増幅させるのです。前回の周期では加賀見台中が、その中心的な舞台となりました」


 黒点魔術師との闘いはBDDに余すところなく描かれていた。当時の国際情勢があれ以上悪化しなかった裏には、この加賀見台中の中学生たちの活躍があったようだ。

 その中心となった人物────現国際レイライン協会日本支部代表代理の菅原楓。

 ぼくは今、世界を救った英雄と会話しているわけだ。

 ぼくの中二病も相当なものだと思うが、ここにいますのは世界最強レベルの中二病らしい。

 

 菅原は続ける。

「私たち人間には太陽活動をコントロールすることはできません。でも、太陽の影響を受ける人間をコントロールすることは可能なはずです。国際レイライン協会は、その国際的なネットワークを用いて太陽活動の影響で巻き起こされる世界的な混乱と騒乱を緩和させる活動をしています。特に日本支部には、悪意を持って黒点魔術を使う者の行動を食い止める大きな役割があります。西堀さん、あなたが今、座っている2-Cは、その最重要拠点なのです」

「最重要拠点⁉ ここがですか?」菅原が真に迫った表情で主張するので、ぼくは思わず聞き返していた。

 突然モニターが二つに分割されたかと思うと、左半分に赤茶けた髭モジャの外国人男性が大アップで映し出された。

「そのとーり、そのとーりでーす」男性が片言の日本語で話し始めた。

「2-Cは、セカイのカナメ、なのでーす」

 髭は同じ色の髪の毛と完全につながっている。

 赤茶色の中に青い目が光り、高い鼻が突き出ている。

 まるで深い森の上空から山と湖が見えているようだった。

 ぼくが唖然として黙っていると、男性がゆっくりと話し始めた。

「もうし、おくれ、ましーた。はじめー、ましーて。アイム・アーサー・ゲイブリエル・マクスウェル、でーす」

「こちらは、国際レイライン協会名誉総裁のマクスウェル卿です」モニターの右側から菅原が紹介した。

 出たな。

 マクスウェル。

 やはり、こいつも実在の人物だったか。

「ニシーボォリサン。カエデ。すいません。かいぎで、おくれました」

「マクスウェル卿は地中海のマルタから中継しています。彼は現在、英国連邦の高等弁務官としてマルタ島に赴任しています」菅原が説明した。

 英国連邦高等弁務官……いかにもすごそうだが、中一にとっては宇宙艦隊総司令官並みに実感の薄い肩書だった。

 カメラに近すぎることに気づいたのか、マクスウェルが少し後ろに下がると、部屋の壁に英国の国旗「ユニオンジャック」が飾ってあるのが見えた。

 そこはどうも高等弁務官の執務室のようだ。

「ニシーボォリサン、2-Cはベリーインポータント! これはジョークではありません」

 そこからマクスウェルは早口の英語で話し始めた。

 しかし、英単語がたまにわかる程度で、内容はまるでわからない。

(つづく)


 

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