九章 ペパーとお風呂

九章 ペパーとお風呂


 コンビニへつくと駐車場に数台の車がとまっていた。時間はだいぶたってしまったから男の子が見かけた車は見当たらない。念のために今ある車の下をのぞいてみる。

「いないなぁ……」

 確認できる場所はすべて探してはみたけれど、アオの姿は見当たらなかった。でも、遠くへは行っていないことがわかっただけでも収穫はあったと思う。

 ぼくは、アオがまたここに戻ってくる可能性もあると思い、コンビニの店員さんに事情を説明して、アオを見かけたら連絡が欲しいと、自宅の電話番号を伝えた。

「お母さんも心配するだろうし、今日はもう一度だけ公園に寄ったら家に帰ろう」


「おかえりなさい。今日は遅かったわね? もしかしてアオちゃんを探していたの?」

 自宅に戻り、手洗いとうがいを済ましてからリビングへ入るとお母さんが声をかけてきた。ペパーも一緒だ。

「うん。それもあるけど、学校のプリントを届けに白川さんの家にも寄ってきたんだよ」

「あら? 琴音ちゃん、どうかしたの?」

「昨日から熱を出して学校を休んだよ」

「大変じゃない。大丈夫なの?」

「熱はもう下がったらしいし、さっきも話してきたけど、思ったよりは元気そうだったから、心配はなさそうかな」

「そうなのね。良かったわ」

「健斗! 猫のほうはどうだったんだ? 探してきたんだろ?」

 テレビを観ていたペパーが話に割って入った。

「うん、少しだけどね。残念ながら公園には見当たらなかったけれど、今日コンビニの駐車場で見かけたって人に会ったんだよ」

「おお! それでどうしたんだ?」

「見に行ったけど、アオはいなかったよ。でも、また戻ってくるかもだしコンビニの店員さんに話して、連絡先を渡してきた。お母さん、いいよね?」

「仕方ないわね。もし、連絡がきたら琴音ちゃんのお母さんに、私から連絡しておくわ」

「ありがとう、お母さん」

「さて、そろそろ夕飯の準備をしないとね。少し早いけど、お風呂に入ってきたら? 明日も朝から探しに行くんでしょ?」

「もちろんだよ。明日は祭日で一日使えるからね。絶対にアオを見つけてみせるよ!」

「健斗、オイラも手伝うからな!」

「ありがとう、ペパー」

 ペパーが黄色い紙を手のように操り、目の前に伸ばしてきたので、ぼくはそれにハイタッチをするとパチンという軽快な音が部屋にひびいた。


 夕飯までにはまだ時間がありそうだったので、お母さんに言われた通り、先にお風呂に入ってしまうことにした。

 以外だったのはペパーも一緒に入ると言ってきたことだ。紙なのに濡れても大丈夫なのかな?

「ペパー、お風呂なんて本当に大丈夫なの? シワシワになってしまわない?」

「もちろんお湯には浸からないよ? さすがに全身を濡らすのは危険だからね」

「それなら部屋でまっていたらよかったのに」

「別にいいだろ? ぼくだってお風呂の気分を感じたいときだってあるんだよ」

「ふーん。そういうものなんだ?」

「そういうものさ!」

 ぼくは軽くシャワーで身体を濡らしてからシャンプーのボトルに手を伸ばし、二、三プッシュすると、頭にのせて泡をたてる。

 ゴジゴシ。ゴシゴシ。ゴシゴシ。

「ハハハハ。健斗の頭、泡だらけで面白いなぁ! 見てよ! オイラも泡を頭にのせてみたぜ!」

 ペパーは、なにかおかしなことを始めたようだけど、今のぼくは目をつぶっているから確認することはできないんだよね。

「ねえ、健斗! ほら! そんな必死に目をつぶっていないでオイラを見てよ!」

「今は無理だよ。シャンプーの泡が目に入っちゃう!」

「なんだよ。それくらい我慢しなよ」

「いや、無理でしょ……洗い終わったら見るからまっててよ」

「早くしないと泡がなくなっちゃうよ!」

 ぼくはペパーのわがままを無視して頭を洗い続ける。

 ゴシゴシ。ゴシゴシ。ゴシゴシ。

「ねぇ、健斗、まだぁ?」

「まだだよ。しっかり洗わないとね」

「早くしてよー! 一瞬でいいから、オイラのほうを見てよ!」

 今、一瞬でも目を開けたらすごくしみるし危険だ。絶対に開けるわけにはいかないんだ。

「無理だよ。今、顔に泡がたくさん垂れてきているんだから。シャンプーハットでもあれば見れるけど」

「シャンプーハット?」

「うん。円盤みたくなっていて、それを頭に被るとシャンプーから目を守れるんだよ」

「へぇぇぇぇ……よし! それならオイラにまかせてよ!」

 ペパーがそう言うと、シュルシュルという音が耳に入ってくる。目をつぶっているから状況を把握することはできないけれど、音から想像すると、きっとペパーは自分の身体から紙をはき出しているんだと思う。

「ん?」

 なにか頭に巻きつくような感覚がある……これって……。

 ペシッ! ペシッ!

「うわっ!」

 突然、顔を布のようなもので叩かれたかと思うと、今度はそのまま、顔を拭かれた。

「健斗! これで大丈夫だ! 目を開けてみなよ!」

「え? どういうこと?」

「開けてみたらわかるさ。オイラのことを信じてよ」

 たしかに、顔がさっきよりすっきりした感じもするしシャンプーの泡が垂れている感じがしない。

 ぼくはペパーの言葉を信じて、目を開けてみる――と、不思議なことに目に泡が垂れてこない……。

「オイラ特製のシャンプーハットの使い心地はどうだい?」

 ペパーへ視線を向けると黄色いトイレットペーパーがぼくの頭へと伸びている。鏡でそれを確認してみると、ぐるぐると平らになるように巻かれていて、本当にシャンプーハットができていた。

「ペパーすごい! こんなものを作ってしまうなんて!」

「へへへ。それより健斗、ぼくの頭にのっている泡を見てよ!」

「泡?」

「そうさ、健斗の真似をしてのせてみたんだ!」

「ないけど?」

「えー! 健斗がぼやぼやしているからだぞ!」

 ペパーはピョンピョンと跳ねて怒っているようだ。きっと色々やっているうちに、泡がやせてきてしまったんだろう……せっかく、ぼくのためにシャンプーハットまで作ってくれたのに可哀想なことをしちゃったな。

「ごめんごめん。それじゃあ、ほら」

「なにするんだ?」

 ぼくは、自分の頭に残っている泡をひとつまみすると、それを目の前にいるトイレットペーパーの上にのせてあげた。

「ペパーの頭に泡のってるよ。鏡を見てごらん」

 お風呂場の鏡に向かって指を差すと、ペパーが鏡をのぞきこんだ。

「本当だ! ほら、健斗、どうだい? カッコいいだろ!」

 正直、ぼくにはペパーの言うカッコよさが理解できなかったけれど、カッコいいね! と言ってあげるとものすごく喜んだ。

「よし、泡を流そう。ペパー、シャワー使うから少しぼくから離れててね」

 ペパーが風呂場に置いてあった風呂桶の中に隠れたので、ぼくは蛇口をひねって泡を洗い流した。


 チャポン。

「ふぅ……気持ちいい」

 頭と身体を洗ったぼくは、お湯に浸かって風呂桶にのったペパーとゆっくりする。

「健斗、もう夕飯できているかな?」

「たぶんね」

「今日のメニューはなんだろう?」

「ん? ペパーのご飯のこと?」

「うん」

「ペパーは苺でしょ? いつも同じじゃないか」

「失礼だな。昼間、健斗のお母さんが味をアレンジしてくれるって言ってくれたんだぞ」

 苺の味をアレンジ……って、お母さんいったいなにをするつもりなんだろう。

「怖い……」

「なんだよ怖いって! 失礼だなぁ」

「あはは、ごめんよ。どんな苺が出てくるのか、楽しみだね。お腹も空いてきたし、そろそろお風呂から上がろうか?」

「おう!」

 ぼくとペパーはお風呂から上がり、廊下へ出ると美味しそうな匂いがしてきた。今夜はなんだろうなぁ……。


「お腹いっぱい」

「オイラもだよ」

 お風呂と夕飯を済ませたので、ペパーと一緒にぼくの部屋でゆっくり過ごすことにした。

 ペパーはいつも机の上にいるのに、今日は珍しくベッドの上で横になっている。たぶん、机の上で横になると転がってしまうからだと思うけど、それを本人に聞くのはやめておくことにした。

「お腹いっぱいって、ペパーは苺を三個食べただけじゃないか」

「オイラの身体の大きさを考えたら、それだけ食べれば満腹だよ。健斗でいうならスイカをまるごと三個食べたようなものだよ?」

「それは、いくらなんでも大げさじゃない?」

「そうかな? それならメロンだ。パイナップルでもいい」

「はいはい。とりあえず、言いたいことはわかったよ……」

「わかってくれたならいいさ」

 ぼくはペパーと会話をしながら明日に備えて準備をしていた。一日がかりでアオの捜索をするつもりだから、お昼や水筒なども必要になるだろう。

 ペパーを運ぶためにフードつきの服を着ないといけないからリュックは選べないよね。そうなると、斜めがけのものを選んだほうがよさそうだ。

 たしか、このあいだ買ってもらった大きめなものがあったはず。

「なあ、健斗」

 ぼくがバッグを探していると、ペパーが話しかけてきたので、一旦探す手をとめ、話に集中することにした。

「なに?」

「明日だけど、琴音は誘うのか?」

「あ……そうだね、約束したし。最初に白川さんの家に寄ってみよう、そのとき体調が悪そうならぼくたちだけで探せばいいよ」

「そうか。琴音も一緒にこれたらいいね」

「うん」

 コンコン。

「あっ、お母さんだ」

 ノックの音がしたので返事をすると、お母さんが部屋に入ってきた。

「健斗、ちょっといいかしら?」

「うん、大丈夫だよ。なに?」

 そう言うと、お母さんは手にしたスマホをぼくの目の前に差し出した。

「?」

「明日、お母さんのスマホを一日だけ貸してあげる」

「え? いいの?」

「さっき琴音ちゃんのお母さんから連絡があって、ネットのほうにアオちゃんの情報が何件か届いたらしいの。だからスマホをもっているほうがなにかと便利だと思ったのよ」

 たしかに常に情報が確認できたほうが便利かも……偶然、その近くにいる可能性だってあるし。

「ありがとう、お母さん」

「お母さんの大切なスマホだから、乱暴に扱わないで使うのよ」

「もちろんだよ」

「健斗、スマホなら琴音がもっているだろ? 二台も必要ないんじゃないか?」

「でも、白川さんが明日これなかった場合を考えると、もっていたほうがいいと思うんだ」

「そうね。それに、ネットを使うとスマホは電池の消耗が激しいから二人がもっていたら、いざというときに連絡には困らないわね」

「なるほど」

「あとで、充電器も用意しておくわ。それで、仮に健斗だけが探すことになっても一回は充電できると思うから」

「お母さん。探すのは健斗だけじゃないよ、オイラもいるんだから」

「うふふ、そうだったわね。ごめんなさいペパー」

「あとはアプリとかの使い方だけど、それは今から説明するわね」

「うん」


 お母さんから電話のかけ方やアプリの説明を聞いたぼくは、さっそくスマホを使ってアオの情報を確認してみる。

「えーと、この小鳥のマークのアイコンだよね」

「そうね。そこから白川さんのお母さんが作ったアカウントが見られるから、色々な人からの情報が確認できるわよ」

「本当だ。えーと、公園でご飯をもらっているところを見かけました……だって」

「ご飯は食べられているようね。とはいえ、早く保護してあげないと」

「うん」

「あ、そうそう。もしもお父さんから電話があったら出てあげてね。明後日には出張から戻るでしょうし、連絡あるかもしれないから」

「わかったよ。でもお父さんがペパーを見たらおどろくだろうね」

「うーん。あの人はお母さんと似たところあるから、案外そうでもないかもよ」

「そっか」

「へー、健斗のお父さんかぁ、オイラ挨拶考えておかないとね」

「ペパーの挨拶、楽しみにしているわね。それじゃあ、お母さんはそろそろリビングに戻るから、夜ふかししないで早く寝るのよ」

 お母さんはそう言うと部屋を出ていった。

 よし! スマホも使えるようになったし、明日は頑張るぞ!

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