八章 白川さんの家へ

八章 白川さんの家へ


 火曜日。


 もうすぐ朝のホームルームが始まる時間だというのに白川さんの姿が教室内のどこにも見当たらない。どうしたんだろう……寝坊でもしたのかな?

 ぼくも昨日は疲れていたみたいで、少しだけ休もうとベッドで目を閉じたら、いつの間にか朝になっていたくらいだから、白川さんも相当疲れていると思う。

 そんなことを考えていると、ドアの開く音がして、先生が中に入ってきた。朝のホームルームの始まりだ。

「おはようございます。先ほど白川琴音さんのお母さまから連絡があって、今日は学校を休ませてほしいとのことでした」

 やっぱり昨日のことで疲れてしまったのかも……白川さん、大丈夫かな……。

 先生の説明だと、昨日の夜から熱を出してしまったらしい。今朝になって、熱は下がったみたいだけど、大事を取って今日一日だけ休むということだった。


 キーンコーンカーンコーン。

「健斗くん。ちょっといいかな?」

 帰りの会が終わって、みんなが教室から出て行く中、ぼくも帰ろうとすると担任の先生が呼び止めてきた。

「はい。なんですか?」

「たしか白川さんのご自宅は近かったわよね? 悪いけど、お知らせのプリントをもっていって欲しいの。頼んでもいいかしら?」

「いいですよ。届けておきます」


 先生からプリントを受け取ったぼくは、いつものY字路を右に進み、白川さんの家にやってきた。

 白川さんの家は、まっしろな三階建ての一軒家で、ここにくるのは三ヶ月前の誕生日会にお母さんと呼ばれて以来になる。

 インターホンを押すと、ピンポーンという音がひびいた。

『はい。どちらさまでしょうか?』

 白川さんのお母さんから返事がきたので、ぼくは答える。

「上野です。先生から預かったプリントを届けにきました」

『あら、健斗くん? 今、そっちに行くわね』

 インターホンから声がしなくなったかと思うと、白川さんのお母さんがドアを開けてくれた。

「こんにちは。きてくれてありがとうね」

 ぼくは会釈をすると、先生から預かったプリントを差し出した。白川さんのお母さんは、それを手に取り軽く目を通す。

「あの、しら……琴音さんの具合はどうですか?」

「心配してくれてありがとう。もう熱も下がっているし大丈夫よ。きっと昨日のことで疲れたんだと思うわ」

「そうですか……」

「健斗くんにも猫のことで迷惑かけちゃったわね。私がもっとしっかりしていたら、こんなことにはならなかったのだけど」

「まだ、見つからないんですよね?」

「昨日からネットで迷子猫の呼びかけをしているの。でも、それらしい情報は入ってこないのよ」

「そうですか……ぼくも家に帰る前に、もう一度、昨日の場所を探してみます」

「ありがとう。でも無理はしないでね」

「はい。それじゃあ失礼します」

「健斗くん!」

 プリントも無事に渡せたので、帰ろうとすると聞き覚えのある声が耳に届いた。振り返ると、白川さんが玄関ドアから姿を見せている。

「健斗くん、今からアオちゃんを探しにいくの?」

 彼女はぼくと目が合うと、そう声をかけてきた。

「うん。帰る前に昨日の公園を少し見てくるよ」

 彼女は思っていたよりは元気そうだけど、まだ少し顔色が悪いように感じる。なんだか今にも一緒に行くとか言い出しそうな雰囲気だ。

「それなら、わたしも行く」

 ほらね。

「だめよ、琴音。今日一日は大人しくしていなさい」

「でも……」

 白川さんがアオのことを心配しているのは、わかるけれど、たしかに無理はしないほうがよさそうなので、ぼくもお母さんの意見に賛成だ。

「白川さんは、まだ、ゆっくりしていたほうがいいよ。明日になって元気になったら一緒に探そう」

「そうよ。明日は祭日でお休みだし、健斗くんにまかせて、今日はゆっくりしていなさい」

「はぁい」

 白川さんは少し不満そうな表情をしながら気のない返事をした。

「それじゃあ、ぼくは行きます」

「はい、ありがとうね」

「健斗くん、ありがとう」

 二人が手を振る中、軽く頭を下げて、ぼくは公園に向かった。


 公園につくと、数人の子たちがすべり台やブランコなどの遊具で遊んでいる。いまさらだけど、一度戻ってペパーをつれてきたらよかったのかも知れないと思ってしまった。

 ペパーがいたら、あの伸びる紙で狭いところも追いかけることができる。それにくらべて、ぼくは足が特別に速いというわけでもなく、ましてや手が伸びるなんてことは絶対にない。

「ハァ……考えても仕方ないかぁ」

 公園内を歩く前に、アオのことを見かけてはいないかを遊具で遊んでいる子たちに聞いてみよう。

 まずは、すべり台の下にいる二人の女子に聞いてみるかな……うん、なんだか探偵になった気分だ。

「あの、すみません」

 ぼくは、お団子ヘアーに青いショートパンツを履いた女の子に声をかけた。

「なんですか?」

「迷子になった猫を探しているんだけど、見なかったかなぁ? 灰色の毛で緑の瞳をしている子なんだけど」

「うーん。見かけなかったかも。えみちゃん知ってる?」

「あたしも見てないなぁ」

 お団子ヘアーの子に続いて、えみちゃんと呼ばれていた子も見ていないようだ。

「そうかぁ……ありがとう」

 ぼくは二人にお礼を言うと、次は一人ブランコを漕いでいる、赤いシャツを着た男の子に声をかけることにした。

「すみません。少しいい?」

「なに?」

 男の子はブランコをやめて返事をしてくれたので、さっきの女の子たちと同じように猫のことを話した。

「見たよ」

「本当! どこで見たの?」

「ここから少し歩いたコンビニ前の駐車場だよ。車の下にいた。影でよく確認できなかったけど、たぶんその猫だよ」

「それって、いつの話?」

「今日、この公園にくる途中で見かけたけど?」

「ありがとう!」

 ぼくはお礼を言うと、急いでコンビニまで走った。もしかしたらまだ、そこにいるかもしれないと思ったからだ。

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