五章 たいへん! どこに行っちゃったの?

五章 たいへん! どこに行っちゃったの?


 月曜日の午後。


 今日もクラスの女子たちは、先生が教室に入るギリギリまで席につかず、楽しく会話で盛り上がっているようだ。

「本当、すごく可愛いの。来月まで預かることになっているんだけど、お別れするのは寂しいなぁ」

 白川さんの声が聞こえてくる。

 このあいだ、ぼくの顔にとびついてきた猫の話をしているようだ。

 話を聞いていたらペパーのことが気になってきた。

 さすがに小学校につれてくるわけにはいかないから、部屋の引き出しの中で留守番をしてもらっているけど……お母さんに見つかっていないよね?

 そんなことを自分の席で考えていると、とびらがガラッと音を立てて開き、先生が教室に入ってきた。

「はいはーい。みなさん席についてくださいね」

 さっきまで話に盛り上がっていた女子たち、教室を走り回っていた男子も慌てて席につく。

 先生は教室を見渡すと帰りの会を始めた。


「健斗くーん」

 帰りの会も終わって校門を出ようとしたところで、ぼくの名前を呼ぶ声がした。

 振り返ると、そこには手を振りながら走ってくる白川さんの姿があった。

「どうしたの?」

「どうしたのって、そっけないなぁ。今日、このあと遊びに行ってもいい?」

「え?」

「なによ。嫌なの?」

「嫌じゃないけど、昨日もたくさん遊んだじゃないか」

「そうだけど」

「それにアオと遊んであげなくていいの?」

「今日、アオちゃんは爪切りでママと一緒に動物病院なの」

「そうなんだ」

「うん。だからペパーと遊ばせてよ」

 今日は学校があったし、ペパーと二人で遊ぼうと思っていたんだけどなぁ。

「ね。お願い!」

 白川さんはそう言うと、両手を合わせて拝むようなポーズをして見せた。

「仕方ないなぁ……いいよ。このまま家にくる?」

「ううん。一度、家にランドセル置いてからにする。あと、美味しいお菓子もって行くね」

「わかった。それじゃあ、途中まで一緒に帰る?」

「うん!」


 学校であった出来事を話しながら二人で帰る途中、Y字路にさしかかるところで、白川さんとは手を振って一度お別れをした。

 ぼくは家へと急ぐため、左側の道をまっすぐに進む。

 玄関ドアを開けると、なにやらリビングのほうから話をする声が聞こえてくる。

 お母さんと、もう一人。聞いたことのない男の子の声だ。

「お客さんかな?」

 邪魔をしないよう、小さめな声で、ただいまを言って部屋に入り、わくわくしながら机の引き出しを開けた。

「ペパー、ただいま……って……あれ?」

 引き出しの中にペパーがいない! えっ? え? どこに行ったの? もしかして勝手に部屋を出てしまったとか?

 ぼくは部屋の中を探しまわる。

 机の引き出しはもちろん、布団の中やベッドの下をのぞいてみたり、クローゼットに入っている洋服もすべて取り出してみたけれど、黄色いトイレットペーパーはどこにも見当たらなかった。

「まさか……お母さんに見つかったんじゃ?」

 どどど、どうしよう……すぐお母さんのところに行って確認したいけど、今はお客さんが来ているみたいだし、どうすれば……。

 白川さんも、そろそろ遊びにくるころかも……。

 ピンポーン。

「あー! インターホンが鳴ってる! きっと白川さんだ!」

 まずは、この緊急事態を白川さんに話しておかないと。

 ピンポーンと、インターホンがもう一度鳴る。

「健斗〜ちょっと出てくれるかしら」

 部屋を出ると奥のリビングからお母さんの声が聞こえてきた。

「は、はーい」

 返事をして、急いで玄関ドアを開ける。そこには白川さんが立っていて、彼女はぼくの顔を見ると、どうしようー! と声をあげながら突然抱きついてきた。

 一瞬のことでよくは確認できなかったけれど、見間違えじゃなければ、彼女は少し涙目になっていた気がする。

「なになに? どうしたの白川さん」

「……がっ!」

「え? なに?」

 よく聞き取れなくて、聞き直してみる。

「アオが……ぐすぐす」

 アオ?

「アオがどうかしたの?」

「アオちゃんが、いなくなっちゃったのー!」

「えええぇー!」

 あの猫、また逃げちゃったのか!

「健斗、どうかしたの? あら? 琴音ちゃんいらっしゃい」

 後ろからお母さんが声をかけてきた。きっと白川さんや、ぼくのおどろいた声が大きくて心配になり、様子を見にきたのだろう。

「どうしたんだよ?」

 ん? この声……誰だろう? ぼくは振り返ると、そこにはお母さんと――その手の中にペパーがいた。

「やぁ健斗! おかえり!」

 え?

「エエエエェェェェッー! ペパーがしゃべってるぅぅぅぅ⁉︎」

「ええええぇぇぇぇー! なんでペパーちゃんしゃべってるのー!」

 ぼくがおどろきの声をあげた途端に、白川さんまでも同じように声をあげていた。

「ちょ、ちょっと、お母さん! どういうこと?」

「それはこっちの台詞よ。ペパーちゃんといい、いったい、あなたはなにをしているの?」

「そ、それは……」

 アオのこともあるし、いっぺんに色々なことが起きて頭がパニックだよ。

「まあいいわ、とりあえず二人ともリビングにいらっしゃい。そこで話をしましょう」

 お母さんの一言に、ぼくと白川さんは同時にうなずいた。


 リビングにあるテーブルの席についたぼくたちは、お母さんにペパーのことを説明した。

 とくに強く怒られることはなかったけれど、誰かに、なにかをいただいたときは、きちんと言いなさいと注意された。

 ペパーに関しては、お母さんが掃除のために部屋へ入ると、引き出しからもの音が聞こえてきたのを怪しんで、中を確認したことで発見されてしまったようだ。

「最初は、ただの黄色いトイレットペーパーだと思ったのよね。そのあとトイレで使おうとしたら突然、動きだすものだから、おどろいたわよ」

 お母さん、トイレで使おうとしていたんだ……。

「あのときは、びっくりしたよ!」

 テーブルの上でじっとしていたペパーが話に入ってきた。

「そうだ! どうしてペパーは言葉を話しているの?」

「健斗のお母さんに教えてもらったんだ!」

「こう見えても、お母さんは元、教師だからねぇ」

 お母さんは自慢気に言った。

「健斗くんのお母さんって、すごいのね」

「琴音ちゃんったら、もっとほめてもらってもいいのよ〜」

「お母さん。あまり調子にのらないでね」

「はい、はい。健斗は厳しいわね〜」

「それより、さっきは二人ともなにを玄関でもめていたの? ケンカでもした?」

「いえ、ケンカなんてしていません。その……わたしの家で預かっているアオが……あ、猫の名前なんですけど」

「そのアオちゃんがどうかしたの?」

 お母さんの言葉に白川さんは軽くうなずいてみせると、口を開く。

「その……今日、ママがアオちゃんの爪切りに行った帰りに首輪が抜けて、そのまま逃げてしまったらしいんです……」

「大変じゃない! お母さんは、今も探して?」

「だと思います」

「そういうことなのね。私も近所の人に聞いてみるわ。それと健斗、あなたも琴音ちゃんに協力してあげなさい」

「うん。もちろんだよ」

「ありがとう。健斗くん」

 白川さんは、目をうるうるとさせている。とりあえず、もう少しそのときの状況を詳しく聞いたほうが探しやすいかも知れない。

「アオを見失った場所って具体的にどの辺なの? ぼくが知っている場所?」

「うん。健斗くんがよく買い物に行くコンビニがあるでしょ? あの少し先くらいにある動物病院の近く」

 そういえば、このあいだはペパーのことで頭がいっぱいになっていて、お菓子を買い損ねてしまったんだっけ。

「あの辺に動物病院なんてあったんだ?」

「健斗くん、知らなかったの?」

「うん」

「呆れたぁ。あなたしょっちゅうコンビニに行っているのに、看板に気がついていなかったの?」

 お母さんは呆れたような口調で言ってきたけど、本当に記憶がないのだから仕方がない。看板なんてあったかなぁ?

「そもそも、コンビニより先なんて行く用事がないから看板なんて気にしていないよ」

「あの辺は健斗とオイラが出会った場所に近いよな。もしかしたら喉が乾いて公園にいるかもしれないよ!」

 ペパーが会話に入ってきた。なんだか、ペパーが言葉を話すことに、まだ慣れない。

「公園って、コンビニの近くにあるほうでしょ? ペパーちゃんと健斗くんって、あそこで出会ったのね」

「え? このあいだ、話さなかった?」

「聞いてないわよ?」

「あれ? そうだっけ?」

「うん」

 そう言われてみれば、お爺さんの話はしたけど、公園の場所までは話していなかったかもしれない。

「まあ、暗くなる前に探したほうが良さそうね。お母さんもあとで探してみるから、二人ともその公園から探してみたら?」

 お母さんの言葉に、ぼくと白川さんが返事をすると、ペパーも同じように続いて声を出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る