三章 まさか白川さんに見られていたなんて

三章 まさか白川さんに見られていたなんて


 翌日、日曜日。


 ベッドの上でペパーと漫画を読みながら部屋でのんびり過ごしていると、ピンポーンとインターホンの鳴る音が聞こえた。

 気にしないでいると、コンコン、とドアをノックする音がする。

 このやさしい叩きかたは、お母さんだ。

 なんだろう……おつかいでも頼みにきたのかな? そうだとしたら少し面倒くさい。

「なに?」

 ぼくは、そう思いながらも、ドアの向こうにいるお母さんに聞こえるくらいの大きな声を出した。

 ペパーを布団の中に隠したタイミングでドアが開くと、いつものようにお母さんが顔をのぞかせる。

「健斗、お友達がきているわよ。遊ぶ約束でもしていたの?」

「約束なんてした覚えないよ? 誰がきているの?」

「琴音ちゃんよ?」

「え! 白川さん⁉︎」

 なんで?

「どうして白川さんが、きているの?」

「そんなことお母さんには、わからないわよ。せっかく遊びにきてくれたんだし、上がってもらったら?」

「ええぇぇっ! ちょ、ちょっと玄関でまっててもらってよ! すぐに行くから!」

「そうねぇ、早く部屋を綺麗にしちゃいなさい。フフフ」

「なんか変なこと考えているでしょ!」

「さぁねー。とりあえずまっててもらうから急いでね」

「わかったよ」

 ドアが閉まるのを確認すると、急いでペパーを布団の中から机の引き出しへと移動させた。

「ペパー、ごめん。少しだけ、ここで大人しくしていてね」

 部屋を出ると玄関には本当に白川さんが立っていた。

 相変わらずおしゃれな格好をしていて、今日は水色のジャンスカに白いTシャツを着ている。

「健斗くん。遊びにきたよ」

「え? 遊びにって……約束していなかったよね?」

「していないけど、いいでしょ?」

「よくはないけど……」

「こら、健斗! せっかく遊びにきてくれたんですから、上がってもらいなさい。どうせ部屋でごろごろしていただけなんでしょう?」

「そんなことないよ!」

 とは言いつつも、その通りなんだけど。

「琴音ちゃん、上がってちょうだい。今、お菓子を用意するわね」

「わぁ、本当ですかぁ! ありがとうございます!」

 白川さんはとびっきりの笑顔でそう言うと、お邪魔しますと、一言つけ加えて白いスニーカーを脱いだ。

「リビングに行く?」

「ううん。健斗くんのお部屋でいいよ」

「でもほら、お菓子を用意してくれているみたいだし」

「健斗、お菓子なら部屋までもっていくから大丈夫よ」

「お母さま、ありがとうございます!」

「お母さまだなんて、しっかりしているわねぇ。ほら健斗、早く部屋に入れてあげなさい」

「もー、わかったよ」

 ペパーは大丈夫かな? 見つからなければ、いいのだけど……白川さんには申し訳ないけど、できるだけ早く帰ってもわらないと。


「床にあるクッション使っていいから」

 部屋に入ると、ぼくは白川さんに声をかけた。

 いつもなら机の前にある椅子を進めていたけれど、今は引き出しの中にペパーが隠れているから、できるだけ近づいて欲しくはない。

 悪いとは思ったけれど床に座ってもらうことにした。

「ありがとう。健斗くんの部屋ひさしぶりだなぁ、前にも思ったけど、いつも整頓されているよね」

 白川さんはそう言うと、ぼくの進めた緑色のクッションの上に座った。

 コンコン。

「健斗。お菓子と飲み物もってきたわよ」

 やさしいノックの音とともに、お母さんがお菓子をもってきてくれたので、受け取ったぼくは、白川さんの正面にあるローテーブルの上にそれを置いた。

「わあ、美味しいそう! このクッキーわたし知ってる。人気でいつも列ができているお店のだよね」

「そうなんだ?」

「ウソ! 知らないの?」

「うん」

「えー! テレビでもよく紹介しているよ」

 正直、今のぼくにはクッキーのことより、なぜ突然、彼女が遊びにきたのかが気になって仕方がなかった。

「ところで、突然どうしたの?」

「なにが?」

「なにがって、家にきたことだよ」

「あはは、それはね……わたし実は昨日、見ちゃったんだ」

 白川さんはクッキーを、一枚手に取るとぼくの目を見て言った。

「見た? 見たってなにを?」

「昨日、アオちゃんをつれて帰ったあとに用事ができて、すぐ外に出たんだけど、そのとき健斗くんがなにかを隠すようにして走っていく姿を見かけたの」

「え?」

 見られていた……まさか白川さんがあの場所にいたなんて……どこから見ていたのだろう……まさか、お爺さんからペパーを受け取ったときからじゃないよね?

 もしも走っているところだけなら、ペパーは上着の中に隠して見えないようにはしていたから、うまくごまかせるかも。

「えーと、な、なんのこと?」

「あー! ごまかすのね!」

 白川さんは、クッキーをかじりながらぼくを問い詰めてくる。

「なにを見たっていうの?」

「それが気になっているから聞いているんじゃない」

「み、見間違いじゃないかな?」

「そんなことないわ! お腹の部分がハッキリと、ふくらんでいたもの」

 どうしよう……なんとかごまかさないと……。

「あ、あれは……そう! お腹が急に痛くなっちゃってさ! お腹を手で押さえながら走っていたんだ!」

「えー! 本当?」

「ほ、本当だよ」

 ガタッ!

「「⁉︎」」

 まずい! ペパーが!

「ねえ……今、そっちのほうから音がしなかった?」

 ごまかさないと!

「そ、そうかな? 地震かも? 最近おおいよね」

「でも、コップの中のジュースは揺れていないよ?」

「そ、そうかなぁ……ぼくには少しまだ揺れているように見えるよ?」

 ガタガタ!

「あー! ほらっ、やっぱり音するよ! そこ! 健斗くんの机の引き出し! なにかいるんじゃない?」

 ど、どうしよう……ペパーを静かにさせないと。

「な、なんだろうね。か、確認してみるから白川さんは、そこでじっとしていて! 絶対に動かないでね!」

 ぼくは、白川さんに引き出しの中を見られないように背中で隠して引き出しをゆっくりと開けた。

 中でペパーがピョンピョンと跳ねている。

『しー!』

 口元に人差し指をあてて、ペパーに小声で伝えた。

「?」

 ペパーはそんなぼくの姿を見てキョトンとしている。

 心の中で、頼むから静かにしていてくれ! と思いながら、後ろでまっている白川さんに、なにもないと伝えようとしたそのとき――すぐ近くに気配を感じた。

「なにそれ!」

「うわっ!」

 振り返ると白川さんがぼくの真後ろにいて、引き出しの中をのぞき込んでいた。

 ぼくは慌てて引き出しを閉める。

「ななな、なにもなかったよ!」

「ウソ! いま見たもの! あれはなに?」

「そ、それは……」

 瞬間、ガタガタとまた音がしたと思うと引き出しが勢いよく開いて、中からペパーがとび出してきた。

「ペパペパァ!」

「うわぁ! ペパー!」

「きゃー! なになに? トイレットペーパーが、とんできたぁー!」

 ペパーはそのまま白川さんの腕の中に着地する。

「わわわっ! 健斗くん! トイレットペーパーが動いてって、目がついてるぅぅぅ。う、宇宙人⁉︎」

 彼女は、おどろきの声をあげながら黄色いトイレットペーパーをじっと見つめている。

 あぁ、ばれちゃった……仕方がない、白川さんには説明をして、みんなには内緒にするようお願いしなくちゃ……。

「宇宙人かどうかは、ぼくにはわからないけれど、そのトイレットペーパーをペットとして飼っているんだよ」

「そ、そうなんだぁ……ねえ、名前はあるの? わたしが考えてあげようか? 黄色いからレモンちゃんとか!」

「せっかくだけど、もう名前は決まっているんだよね」

「なんていうの?」

「ペパーだよ」

「へー、ペパーちゃんっていうのね。そういえばさっき、そんなふうに鳴いていたかも?」

「うん。だからペパーに決めたんだ」

「そうなんだぁ……わたしは琴音っていうの。ペパーちゃんよろしくね!」

 白川さんはペパーをなでながら自己紹介を始めた。

 ハァ……まさか彼女に見られていたなんて。面倒なことにならなければいいけど……。

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