第2話 胚珠
誰も何もしちゃいないのに、何かに怯えて生きている。布団から出たくない。
カーテンから漏れる朝日が鬱陶しい。逃げるように玄関ドアの郵便受けに目をやると、何やら白いものが入っている。
普段なら無視してもう一度眠りに入る所だが、やけにそれが気になって、男は這いずるように布団から出た。
郵便受けを開けると、二つに折りたたまれた紙が入っていた。
これは一体なんだろう。宛先はおろか、送り主さえ書いていない。
寝ぼけ眼でその手紙らしき紙を読んでみる。
『初めまして。突然こんな手紙を書いてしまってすみません。私、瑠美子っていいます。覚えてますか。今日、電車で私のことをすごく見てくれましたよね。私、すごく嬉しくて。よかったらあなたと仲良くなりたいです。お返事待ってます。』
……夢でも見てるんだろうか。
間違いない。あの人だ。
男は喜びに打ち震えた。瑠美子、瑠美子さん。名前を知ることができた。
仲良くなりたい…仲良くなりたいだって。僕だってそうさ。
男はすぐに紙とペンを取り出し返事を書いた。
無我夢中で文を書いていると、ふとおかしな事に気がついた。
何故自分の家が分かったんだろう。
……まぁいい。ともかく今は、あの人と繋がりが持てただけで幸せだ。
男は返事の手紙を書き、また来るのを予想して玄関ドアの郵便受けに入れておいた。
『お手紙ありがとう。実は僕は、君のことが気になっていました。こちらこそ、仲良くなりたいです。今度会ってお話しましょう。』
できるだけ当たり障りのない内容にしたつもりだった。
そうだ、いつか直接会ったときのためにプレゼントでも買っておこう。
いつ振りか分からないワクワクした気持ちで、男は町へ繰り出すのだった。
スミレの花が咲くように sid @haru201953
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