第46話:今夜、フロランタンあります
「用事がなくてもたまには帰って来いよ」
叔父さんは新幹線の改札まで送ってくれた。俺は両手に抱えた紙袋をよいしょっと持ち上げて叔父さんに手を振った。
紙袋の中には職場に配るための地元銘菓と俺の数日分の食事が入っている。どうせ三食コンビニ飯なんだろと、唐揚げや肉じゃが、きんぴらごぼうと日持ちのするおかずをタッパーに詰めてくれた。
今朝、叔父さんの家のマンションで目が覚めると、俺のために沢山の料理を作ってくれていた。首にタオルを巻いて、時折汗を拭きながら台所に立つ叔父さんの姿は、母さんが生きていた頃を思い出して懐かしかった。
法事が終わった日の夜は叔父さんとビールを飲んだ。叔父さんが茹でた枝豆と俺がお土産で買って来たおかきをつまみに一緒にテレビを観た。丁度、野球の世界大会決勝戦の生中継をやっていて、俺も叔父さんも別に野球好きってわけじゃないのにそこそこ一緒に熱中した。父さんが生きていたらこんな風に過ごすこともあったのかなと空想して、初めての経験のくせになんだかこれも懐かしい気持ちになった。
俺にはもう実家と呼べる場所はない。
大学の寮に入ることが決まっていたから母さんが亡くなった時に住んでいた団地はとうの昔に引き払っている。
大学に入ってからは絶対に留年できない、絶対に医者になるしか道はなく毎日必死だった。地元の友達とも疎遠になっていたから法事の時ぐらいしかこの街に戻って来ることもなかった。
それでも、帰って来る理由がまだ自分にはあることに気付いて嬉しいと思った。ありがたいとも思った。今回の帰省で初めてそう素直に思えた。
新幹線の車窓からとどまることなく流れてゆく景色を見ながら、次はいつ帰ろうとか考えていた。
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地元の最寄り駅につく頃にはすっかり夜になっていた。
改札口を出て24マートの煌々とした明るさが目に入ったけど今日は素通りした。今晩の飯ならすでに紙袋の中にある。自宅アパートへ向かって夜道を歩く。
たった三日間離れていただけなのに、懐かしいような、どこか知らない場所に来たみたいに浮足立つような、相反する気持ちを抱く。この街へは病院へのアクセスの良さと家賃の手ごろさで引っ越してきただけだけれど、いつしかここに帰ることがもっと当たり前に感じる日が来るんだろう。
途中、甘やかし屋のあるあの路地を横切ったけれど店はやっていなかった。人なんか絶対に通れない細くて狭い路地を目の端にいれながら俺は考える。
この街にこれからもっと長く住んで、帰ってくるのが当たり前に感じる時、俺は医者としてどうなっているんだろう。甘やかし屋は変わらず不定期に真夜中に開店しているのだろうか。そうだったらいいなと、心底思った。ずっとずっとそんな生活が続いて欲しかった。
カンカンカンと、古びた鉄筋の階段を登って自分の部屋を目指す。帰省の荷物と大量の手土産が重くて、二階まで登り切った後「はぁ」と息を吐いて天を仰いだ。
「おかえり」
無人だとばかり思っていた廊下で突然声を掛けられ俺はバッと顔を正面に向けた。
「い、一吹くん!?」
一吹くんが俺の部屋のドアの前に立っていた。ふさふさの前足を上げて、昔からの友達を出迎えるみたいなごく自然な仕草で俺に手を振った。
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