第31話
「なんか美味しそうなもの食べてる」
「ふおっ!? これっふか?」
パソコンで作業しながら朝飯を食っていた俺の背後から瑞樹さんがひょこっと覗き込む。目線は紙袋に落とされていた。
「あら、私も食べていいの?」
俺は紙袋を瑞樹さんに差し出しながらこくこくと頷く。瑞樹さんは袋から一個摘まんで口に運んだ。
「わっ! 美味しい! え、これどこのお店のスコーン?」
一吹くんの作ったスコーンは確かにとてもうまかった。そしてとにかく口の中の水分を持っていかれる。俺は今朝雨宮さんからもらったペットボトルの水をぐびぐびと飲んだ。
「知り合いの手作りっす」
たぬきが作ってるとは言えなかった。言っても信じないどころか心配されるだけだだ。
「榛名先生って甘いもの好きだよね。今度さ、実家帰るんだけど何かいい手土産知らない? いつも空港で見つけたものを買うんだけどさすがに被ってきちゃってさ」
瑞樹さんの出身は福岡だ。
「手土産っすか……? 俺も詳しいわけじゃないんで――あ、」
俺はバックパックから雑誌を取り出す。表紙には“話題のスイーツ100選”と書かれていた。
「さっき雨宮さんに会って雑誌を貰ったんです」
「おおっ! 100選も合ったらしばらく迷わずに済むね」
瑞樹さんに渡すと興味津々で雑誌をめくり始めた。俺もその横で覗き込む。
「てか、雨宮さんと家近いの?」
「っす。偶然同じ沿線で」
「これおいしそう~」とか「病院の近くの店じゃないすか」とか色々言いながら、俺達は雑誌を眺めた。
「あ、編集コラム見てもいいっすか? 雨宮さんが書いてるんですって」
瑞樹さんは目次を見て、雑誌の一番後ろからページをめくった。
「これじゃない? “真夜中のフルーツポンチ”だって」
ページをめくる手は巻末の奥付で止まった。雨宮さんのコラムが載っていた。覗き込んで、息が止まりそうになった。
コラムには2枚の古い写真が掲載されてた。
ケーキ屋の外観と店内の様子。
緑と白のストライプ柄の屋根に白い外壁。
アーチ型の木製のドアに見覚えがある。
古い写真だから解像度は粗いけれど、窓枠はショートケーキの形をしたステンドグラスで出来ていた。置き看板には“洋菓子屋・リリー”と書かれていた。
そして、店内の写真には俺と母さんが映っていた。
「瑞樹さん、榛名くん、ごめん。ちょっといい? 今日退院の花山さんが二人にも挨拶したいって」
医務室のドアから漆山先生が顔を出した。
「は、はい!」
俺は雑誌を乱暴に閉じ、口の空きっぱなしになっていたバックパックに突っ込む。
「退院午前中に早まったんでしたっけ」
「ご家族のお迎えの関係でね。経過も順調だし問題ないかなと思って」
急いで椅子から立ち上がり、漆山先生と瑞樹さんの会話を聞きながらその後ろを付いていく。部屋を出る瞬間、後ろ髪を引かれるように口の開いたままのバックパックを見ていた。
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