第28話

「……スコーン?」

「そうそう! 今回はうまくいきそうなんだよ!」


 一吹くんはわくわくした様子でオーブンミットをはめた。チンッ!と小気味いい音が響く。


「重いだろ? 俺やろうか?」


 あんな重そうな鉄板なんて持って大丈夫なのだろうかと心配になった。一吹くんはまんまたぬきだし、背丈は子どもみたいに小さい。


「慣れてっから平気!」

「だけどその腹に鉄板つきそうじゃん……動物って火とか大丈夫なの?」

「はぁ……だから人間はアニメ見過ぎなんだって。俺、この間ドーナツ揚げてたの忘れたのか?」


 それもそうかと納得して、俺は手を引っ込める。


「じゃあ、ケーキクーラー出してくれよ。さすがに届かなくてさ。流しの上にあるから」

「ケーキクーラーって何?」

「あみあみの下敷きみたいなやつ! 人間のくせに何も知らねぇんだな」


 たぬきのくせに詳しすぎるんだよ。喧嘩になるだけなので口に出さないでおいた。百衣さんもまだ寝ているし、騒がず素直に一吹くんの指示に従う。


 手が届かないといっても、俺の身長なら脚立なしでも余裕だった。この家の台所の作り自体どこかこじんまりとしている。


「おっしゃ! 大成功!」

「焼き立てうまそぉ……」


 一吹くんが持った鉄板の上には熱々のスコーンが焼き上がっていた。プレーンタイプのもの、チョコチップが乗ったもの、この黒いぷつぷつはなんだろう。


「三種類焼いてみたんだよ。普通のとチョコのと、紅茶!」

「凝ってんなぁ。これ、全部一人で作ったの?」

「ああ。いつもは百衣が焼くけどな。スコーンって結構難しいんだよ。全然綺麗に膨らまなかったけど今日は大成功だ! 初めて狼の口ができた!」

「なに、狼の口って?」

「こうやって生地が縦に割れて焼き上がるのを“狼の口”っていうんだよ。美味しい証拠だ」

「へぇ……初めて聞いた」


 焼き立てのスコーンをトングで持ってケーキクーラーに乗せていく。それとは別に紙袋に二、三個入れた。


「ほら、お前の分。食う時間は無いんだろ?。スコーンは焼き立てより粗熱とってから食った方がうまいから袋の蓋は閉めないで持って帰れよ。食いきれない分はアルミに包んで冷凍庫に入れろ」


 美味しい食べ方と保存方法まで伝授して俺に紙袋を渡してくれた。俺は温かくていい匂いのする袋をうさぎとかハムスターとか小動物を抱えるようにそっと抱きしめる。


「ありがとう。朝メシに食べるよ」

「こっちこそありがとな。百衣のこと助けてくれたんだろ?」


 一吹くんは眠っている百衣さんの方を見た。

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