第27話

「おい、起きろよ」

「……」

「今日も何か食ってくのか?」

「……~~~~~ッ!」

「まだ寝てんのか?」

「ちがっ……! どい……どいて……苦し……どけって……!!!! ぶはっ!!!!


 俺の顔に覆いかぶさっていた黒い物体を押しのける。ふわふわとした黒い毛玉は俺の頭上でくるんと翻り畳の上に着地した。


 俺は上体を起こして肺一杯に空気を入れる。やばかった。窒息死するかと思った。最悪の死に方をするところだった。


「はあはあはあ……くそっ……最悪だ……普通に起こせよ……」

「起こしたよ。でも起きねぇから第二の手を使った」


 声で薄々気付いていたけれど俺の顔面に乗っかっていた正体はやはり一吹くんだった。俺は久しぶりの再会を喜ぶどころか恨みがましく睨んだ。


「手っていうか金玉じゃねぇかよ!!」

「ぶははははは! やっぱり分かった?」

「最初銀杏詰め込まれてんのかと思ったわ! くそっ! 鼻の穴にシンデレラフィットしやがって……マジで死ぬかと思った……たぬきの金玉もっとデカいイメージあったのに……!」

「はぁ、これだから人間は。アニメの見過ぎなんだよ。現実見ろよな」


 うんざりしたようなため息をついて、一吹くんは台所へと向かう。俺はまだ鼻に違和感があってごしごしと手の甲で擦った。隣では百衣さんはまだ眠っていた。俺はすぐさま彼女のおでこに手を当てる。


「良かった……熱は大分下がっている」


 即席の氷枕は中の氷が溶け切っていた。だるんとなった氷枕は百衣さんの頭からずり落ちていた。


「それ。お前のだろ? 落ちてたぞ」


 一吹くんは台所からひょこっと顔だけ出して顎でくいっとちゃぶ台を指す。あ、また三角巾つけてら。


「俺のスマホ!」

「泥だらけだったけど動くのか?」

「た…多分……拾ってくれてありがとう……」


 泥だらけと言っていたが綺麗にふき取ってくれていた。


「電源ついたから大丈夫っぽい……って5時ぃ!?」


 スマホの電源を入れると、液晶画面に時刻が表示された。朝の5時だった。


「やべぇ……帰んなきゃ……俺、フツーに今日も仕事なのに…」


 俺は水の入ったコンビニの袋とバックパックを手に取って立ち上がり台所へ走る。


「ごめん、俺帰るね! この地区もコンビニの袋って資源ごみでいいの!?」


 ざばぁと袋の水を流しに捨て、濡れたコンビニ袋の処理を一吹くんに尋ねる。返事はない。真剣な眼差しでオーブンをじっと見つめている。


「なあ! 俺もう行くよ!」

「もうちょい待て! あと5分待て! 焼き上がるから持ってけ!」


 一吹くんが俺を呼び止める。俺は玄関と一吹くんを交互に見て、舌打ちをして一吹くんの方へ近づいた。濡れたコンビニ袋はとりあえず流しの横に置いておいた。


「何焼いてんの?」


 さっきまで鼻の穴に金玉詰め込まれてたから気付かなかったが、香ばしい、いい香りがする。

 

「もうすぐ狼の口が開くぞ……」

「たぬきって狼をオーブンで焼いて食うの……?」

「バカちげえよ! ほら、見てろ!」


 手招きされて俺も一緒にオーブンの中を覗き込む。

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