第25話:今夜、スコーンあります

 病院の関係者出入口を出て、大通りを歩く。


「今日は……家に帰れたのかな」


 なんとなく雨宮さんの姿を探してしまう。行き交う人々の中に彼女の姿は見当たらず、ほっとした。この前と違って今日は週の半ばだから飲み会帰りのサラリーマンは少ない。俺も病院を出たらそのまま真っすぐ帰ろうと自宅アパートの最寄り駅まで素直に電車に揺られた。


「ありがとうございましたー」


 駅に着いたらコンビニに立ち寄る。今日の晩飯は駅前に移転した24マートで買った味噌ラーメンだ。漆山先生のカップラーメンの匂いにすっかり胃袋が影響されちまった。

 だけど、甘いものは何も買わずに出た。期待していたからだ。


「今日こそやってるかなぁ」


 百衣さんを避けるためにしばらく変えていた帰りの道順を俺は元に戻した。雨宮さんと一緒に甘やかし屋へ行った夜から毎晩あの路地を覗いているけれど、甘やかし屋はずっと休みだった。「定休日」と書かれた看板もなく、シャッターが降りているわけでもない。元からそんな店など存在しなかったみたいに路地の幅はきゅっと狭まり、店へと続くはずの道が完全に閉ざされる。


 路地を曲がり早足で歩く。24マートの跡地が近づいてくる。甘やかし屋が開いている時は必ずある小さな立て看板はこの距離からはまだ見えない。ドキドキしながら俺は足を進めた。


「うわっ!」


 もうすぐ看板が見える辺りまで近づいた時、一歩足を前に出した瞬間黒い物体が横切った。


「あ!」


 俺はその正体が何かすぐに気が付いた。


「一吹くん!」


 黒い物体はひょいっと塀の上にあがり、俺に呼ばれてこちらを向いた。暗闇に光る目玉が2つ、俺のことをじぃっと見た。


「今日も店休み?」


 一吹くんは何も答えない。


「百衣さんどうしてる?」


 一吹くんは俺を一瞥しただけで何も言わずに塀の反対側へ降りてしまった。


「えっ!? ちょっ、ちょっと待ってよ! 何か言ってよ!」


 たぬきなんだから何も喋らないものなのに、俺の中で喋るたぬきの方があたり前の存在になっていた。


「あー……行っちまった……」


 塀の隙間を覗いて一吹くんの行方を追ってみたが草木が覗いているだけで何も見えない。


「一吹くんじゃなかったのかなぁ。でも、今まで一吹くん以外のたぬきなんてここらへんで見たことないんだよな」


 そう言葉にした瞬間、ぞくりと鳥肌が立った。俺は一吹くん以外のたぬきを見たことがない。


 だけど、たぬきかもしれない人はひとりだけ知っている。


「……ッ」


 気付いたら俺の足は自宅とは別の方向を目指して駆け出していた。あの夜以来、一度も近づいていなかったけれどなんとなく道順は覚えている。


 住宅街の外れにある裏山。その奥にある百衣さんの家へ向かった。

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