第23話

「帰らないの?」


 顔をあげると当直の漆山先生と目が合った。22時の休憩室。漆山先生はいつもキャビネットにストックしているカップラーメンを食べていた。


「すごい匂いですね……」

「あ、臭う? 食う?」

「いえ……辛いの苦手なんで大丈夫です」


 俺は再びデスクに向き直る。


「で、帰んないの?」


 漆山先生は同じ質問を繰り返した。答えない俺に逃がさないぞと言わんばかりに。


「べ、勉強会のレポートもう少し進めてから帰ろうかと」

「この間は俺出席できなかったんだけど、どんな勉強会だったの?」

「AIを利用した超音波画像診断の試みというテーマでした」

「ほぉ~そんなのあるんだ。今はAI関連の勉強も進んでるねぇ。時代だねぇ」

「そんな歳食ってないじゃないすか」


 そっかと漆山先生は笑った。ちなみに、漆山先生の歳は40代前半。俺の叔父さんと同じ年ぐらいだ。


「今日はありがとね」

「え……な、何がですか?」


 突然身に覚えのないお礼を言われて俺は困惑した。


「雨宮さんの羊水検査に立ち合ったって、瑞樹さんから聞いたよ。不安そうにしてる雨宮さんに榛名くんが寄り添ってたって褒めてたから」


 お礼の理由を言われて俺はさらに困った。困ったというか落ち込んだ。


「なに? 元気ないね」

「いや……なんか……」

「三國先生に言われたこと気にしてるの?」


 もごもごしている俺に漆山先生が直球を投げかける


「それも瑞樹さんから聞いたんですか?」


 俺の質問に答えない代わりにズルズルッと勢いよくカップラーメンをすすった。


「うーん。両方? 三國先生からも聞いた」

「うわ……! 余計に落ち込むっすよ……!」


 俺はデスクに突っ伏す。勢い余ってゴンッと額を打つ音がした。


「ははは! なんで?」

「だって……俺また漆山先生に迷惑かけちゃったってことじゃないですか……」


 以前、俺が勉強会に遅刻して現れ、その上ぼーっと考え事をして三國先生に怒られた。そのとばっちりを漆山先生が受けた。


 研修医の指導がなってないって、また言われたのだろうと思うと申し訳なさ過ぎて俺の額はますますデスクにめり込み、背中もどんどん小さく丸くなっていく。


「そうやって人は成長していくもんだからさ!」


 そういって漆山先生は自分のデスクのパソコンに目を向ける。


(あれ……)


 大して気にもしていない様子に拍子抜けする。この間の勉強会の時は漆山先生からも俺はとても怒られたからまた同じようになんか言われんのかなって身構えていたのに漆山先生はそれ以上は何も言ってこなかった。


 だからちょっと弱音が出てしまったんだ。この期に及んでって自分でも分かってるけど悩んでいた。ずっと誰かに聞いてほしかったことを漆山先生に尋ねた。


「……俺って医者に向いてないんすかね」

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