第17話
「あの、羊水検査って検体をアメリカに送るんですよね? やはり結果が出るまで一か月近くかかるものなんすか?」
「FISHっていう速報レポートだともう少し早いけど、うちでは確定結果しか患者さんに告知しないのよ。速報が絶対に正しいとは言い切れないからさ」
「4週間は……長いっすよね……」
「うん……お母さんには負担だね……色々考えちゃうだろうしさ」
はぁと俺と瑞稀さんは同時に深くため息をついた。何もかも女の人ばかりに重くのしかかるんだな。
「俺……羊水検査ってまだ立ち会ったことないんですけどお腹に針さして羊水を抜き取るんすよね」
「そう。細い針で
俺はしばらく考えた。
「……やめときます」
「なんでぇ?」
怪訝な表情で瑞樹さんが俺の顔を見た。見たって言うか睨んでる。
「なんでって……研修医がいたら患者さんが嫌でしょうし。雨宮さんは不妊治療での出産だからデリケートな患者さんだし」
「榛名先生、最近及び腰だね」
「えっ!? なんすかそれ?」
「漆山先生に怒られてから、消極的になってる気がする」
「べ、別にそんなんじゃないっすよ……」
そんなんじゃないことあった。瑞樹さんは鋭すぎて困る。遅刻したセミナー終わりに、漆山先生に俺はこっぴどく叱られた。いつも優しい漆山先生の、初めて聞く怒鳴り声。そして、切実な言葉。
――これは何のための勉強会なんだ? 何のために君はここにいる?
――君が謝る相手は患者さんだよ
セミナー後、漆山先生はいつもと変わらない態度で接してくれている。俺の方がなんだか気まずくて仕事も消極的になっていた。ああ、そうだ。瑞樹さんの言う通りっすよ。
「榛名先生、プライベートで何かあった?」
「えっ!?」
「あんまり立ち入ったこと聞かれるの嫌いだったらごめんね。でも、最近病院に泊まることが増えてるでしょ。漆山先生もとても心配していたから」
「あ……」
なんて答えたらいいか分からなくて、瑞樹さんから目をそらすように手に持っていたマグを見る。冷めたコーヒーに俺の顔が歪んで見えた。
叔父さんと電話した日から俺は一度も百衣さんの店に行っていない。行っていないというか、正確には帰り道を変えた。遠回りになるけどあの路地裏とは違う道を選んで帰宅している。なんなら、また病院に泊まる日を増やしていた。
(俺も自分勝手だよな……)
人間なのか、たぬきなのか、そんなことは大したことじゃないと思ってしまうぐらいに、俺は百衣さんに惹かれていたくせに父さんの死因に彼女が関わっているかもしれないって考えた途端に彼女を避け始めた。たぬきなんて日本中にいるのに。ただの偶然かもしれないのに。
「無理に、とは言わないけどさ」
ぐるぐると考えている俺を見かねて、瑞樹さんが明るい声で言った。
「羊水検査は産婦人科医にとっては避けては通れない検査だし、おめでたいことばかりの現場じゃないってこと榛名先生もこの科に来てから実感しているでしょ?」
「ッす……」
「まあ、最終的にあなたが産婦人科医になるかどうかはかなーり怪しいけどさ」
「う……」
「そんなあからさまに嫌そうな顔しなーい!」
「だからそんなんじゃないですって! 地顔! 生まれつき!」
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