第16話
「今、15週か……羊水検査を今週やるとしても検査結果が出るのは4週間はかかるから19週に入るころ。まあ可能といえば可能だね」
「だからってあの発言はあんまりじゃないっすか……妊娠判定が出た時はあんなに喜んでたくせに障害があるかもってなった途端に堕したいだなんて」
「コラ、発言」
「あっ……すんません。でも……!」
午後の診察が終わり、休憩室で助産師の瑞樹さんとばったり会った。瑞樹さんは分娩対応があって今日の雨宮さんの診察には同席出来なかった。俺は雨宮さんの診察の様子を瑞樹さんに報告がてら相談した。
いや、相談といえば聞こえはいいが、ようは愚痴だ。彼女の発言が我慢ならなかった。お腹の中の赤ちゃんに障害があるかもしれないと言われた後、雨宮さんの発言が俺にはどうしても引っ掛かっていた。
「ずっと不妊治療をがんばってやっと妊娠出来たのに、お腹の赤ちゃんに障害があるかもしれないってなった途端に180度態度変えるなんてあんまりじゃないですか……なんなんすかね」
「うちらはお母さんの選択に対してどうこういう権利はないよ?」
「けど……! 自分勝手過ぎませんか?」
「榛名先生」
あ、やばい。声のトーンでもう分かる。これは久々に瑞樹さんのマジの説教モードだ。俺は次に言われる瑞樹さんの言葉に身構えた。
「……言わされてるってパターンもあんのよ」
「え?」
瑞樹さんは自販機で買った缶コーヒーを一口飲んで、ぽつりと呟いた。
「ねぇ、精密検査の結果が出るのが19週かどうかって雨宮さんの方から言ったんだよね?」
「そ……そうです。その周期なら堕胎手術が可能かどうかを漆山先生に尋ねられました」
「なんで知ってるんだろ」
瑞樹さんが深刻な顔で考え込む。説教モードは俺の勘違いだったようだけど、瑞樹さんの言葉の真意を理解できないでいた。
「おかしいと思わない? 雨宮さんは不妊治療を長く続けていらしたから妊娠に関する知識は多い方だとは思うけど、妊娠自体は初めてだよ。妊婦検診も毎回初めて。それなのに、堕胎手術が可能な周期をどうして知っているのかしら」
「妊娠する前から可能周期も調べてたんじゃないですか?」
「何のために? あれほど子どもを持つことを望んで長い間治療を頑張ってきた人が」
「あ……」
「……彼女の旦那さん、一度も見たことないのよね。いつも一人で病院に来られるの」
俺は雨宮さんが電話していた姿を思い出した。あれは、前回の妊娠判定で陰性と出た検診の日のことだ。タクシー乗り場のベンチに座って泣きながら叫んでいた。時間は夜の23時を過ぎていた。
――どうして分かってくれないのよ!
――また次、じゃないよ! 一回、一回がどれだけ辛いかどうして分かってくれないのよ! あなたがそんなんだから家に帰りたくないのよ……!
あの電話の相手はきっと夫だったんだろう。
「……雨宮さんの旦那さんってどんな人なんすかね?」
「さぁ? 漆山先生が一度精子検査を提案したことがあったけど仕事が忙しいから夫は無理ですって雨宮さんは言ってたけどね。妊娠できないのは自分が悪いから精子検査は必要ないと言って断っていたし」
「悪い……?」
「自分が妊娠できない身体だから夫は関係ないって。子どもはひとりで作るものじゃないのにね」
眉間に深く皺が寄っているのが自分でも分かる。
「赤ちゃんに障害があったらどうするか……前もって旦那さんから何か言われていたってことなんですかね……」
深夜のベンチで泣いていた雨宮さん。家に帰りたくなくて午後の検診が終わってから何時間もずっとあそこにいたんだろうか。たった、ひとりで。
「……今日の検診後は家に帰れたのかな」
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