第15話

「なにそれ……つまり……病気ってことですか……?」


 不安と怒りが滲んだ声が診察室に響く。雨宮さんの声だった。


「まだ確定的なことは言えません。ただ、雨宮さんのお腹の赤ちゃんは首のむくみが平均よりも厚く、何かしらの染色体異常の可能性があります。精密な検査をする必要があります」


 漆山先生ははっきりと答えた。診察室の裏のバックヤードで、俺は二人の会話に聞き入る。


「精密検査って……そんな……この前の検診では順調だって先生言ってたじゃないですか……!」


 雨宮さんの悲痛な声に俺の顔は歪んだ。診察室にいるわけでもないのに、その声を聞いているだけでも胸が張り裂けそうだった。


 最近は研修も順調に進み、漆山先生の代わりに俺もエコー検査の補佐を行うことも増えたが、雨宮さんのように長い間不妊治療を行っていた妊婦さんの診察には基本的に研修医は立ち入らない。


 不妊治療は、心身ともに患者さんの負担が大きい。見知らぬ研修医が傍にいるだけで余計な負担を掛けてしまうこともあるからだ。だから、雨宮さんの時はこうして、診察室裏にある医療器具が保管してある通路のパソコンデスクで待機する。


 だけど、今日の診察はいつもと大きく違った。


「首のむくみは全ての赤ちゃんにありますが15週に入るとほとんど見えなくなります。もっと初期の段階で気付けなかったのかと言われれば、おっしゃる通り僕の力不足です。申し訳ありません」


 漆山先生は淡々と答える。俺みたないポンコツ研修医でも分かる。これでも半年以上漆山先生についてきたから。雨宮さんの心情を不必要に刺激しないよう、だけど、伝えるべきことをきちんと伝えようとしていた。


 雨宮理子さん、37歳。この病院で一年以上不妊治療を続け先日ようやく初めて妊娠が確認できたばかりだった。現在の週数は15週。妊娠4か月に入っていた。


 雨宮さんのエコーが始まってすぐに漆山先生の様子がいつもと違うことに俺は気付いた。漆山先生はいつもは妊婦さんと雑談をしながら和やかな雰囲気で診察する。俺は診察室の中を覗くことは出来ないけれど、今日は無言でエコーをしている時間がやたらと長くて、その時点で違和感があった。


「お腹の中の赤ちゃんの首の後ろにみられる液体の溜まりのことをNTと呼びます。NTが厚くなればなるほど染色体異常のリスクが高くなるといわれています。現在、雨宮さんの赤ちゃんのNTは4cmです。本来、15週ではこのNTはほどんどみられません」


 雨宮さんは黙ったままだった。


「染色体異常の有無を調べる場合、確定検査をした方がいいと僕は思っています。雨宮さんはすでに15週に入っていらっしゃるので検査を受けることは可能です」

「先生……」

「はい」

「その検査の結果っていつ頃分かりますか……?

「羊水検査自体は最短で三日後可能です。結果は検査から4週間後になります」

「週数的に19週ってことですよね……」

「……そうなりますね」


 嫌な予感がした。心臓がドクンと大きく跳ね、そのあとも断続的に波打つのが自分でも分かる。


「もし……もしも……この子に病気が確定したら……」


 長い長い、沈黙の後雨宮さんははっきりと尋ねた。


「お腹の子は堕ろせますか?」


 俺はきつく目をつぶった。

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