第14話

「榛名先生、榛名先生?」

「……」

「榛名先生!!」

「ああああ、はい! 何でしょう!」

「今日、周産期医療の勉強会じゃないんですか? 時間、大丈夫……?」


 時計を見ると18時30分を過ぎていた。俺は慌てて、資料とノートパソコンを持って医務室を出る。


「逆ですよ! 会議室はあっち! あっち!」


 助産師の瑞樹さんの指さす方へ走る。会議室に入ると、すでに勉強会は始まっていた。下っ端の研修医が遅刻なんて洒落になんねぇ。ドアが開いた瞬間の先生方の視線が痛かった。


 今日は一日中ずっとこの調子だ。仕事に集中しなければと思うのに、ふとした瞬間で昨日の叔父さんとの会話が脳内再生される。


 ――お前は小さかったから覚えてないだろうけど、あの時、山道でたぬきと遭遇したのが原因なんだよ


 ――車道に飛び出して来たたぬきを避けようとハンドルを切って木にぶつかったんだ。助手席に乗っていたお前の母さんがそう言っていた


 ――「動物注意」の標札が近くにあったから類似事故が多い道だったんだろうな



「…………」


 もし、叔父さんの話通りだったとしたら、轢かれそうになったたぬきは百衣さんということだろうか。もしくは一吹くんなのだろうか。どっちにしろ、俺の父さんが死んだ原因に関わっている可能性が高いということだ。


 もしそうだとしたら俺は――


「榛名君、聞いてるのか?」


 講師の先生に名前を呼ばれて、ようやく自分に意見を求められていることに気が付いた。


「あ、はい……!」

「はいじゃなくて、この症例、君が担当医だったらどう判断する?」

「あ……ええと、あの……」


 プロジェクターに映し出された写真を見る。やべぇ、何も聞いてなかった。

 

 バンッ!!!!


 資料が叩きつけられる音が会議室に響く。


「君さ、遅刻しに来て話も聞いてなくて、何しに来たの?」

「申し訳ありません……あの……」

「研修医よりも多忙な先生方が集まってるんだよ。そのこと分かってる?」


 心底うんざりしたようなため息を目の前で吐かれる。すみませんと、もう一度謝罪をした。


「漆山先生、今年の研修医の指導なってないんじゃないですか」

「……!」

 

 俺のせいで漆山先生にまで批判の目が向けられるのは耐えられない。何とか挽回したくて口を開こうとしたが、漆山先生がすぐに講師の先生に向けて謝罪の言葉と共に頭を下げた。そのあと、俺の方を見て頭を振る。何も言うなと言われているようだった。講師の先生はもう一度深いため息をついて、他の研修医に質疑をふった。



*********************



「申し訳ありませんでした!」


 勉強会が終わり、俺はすぐに漆山先生のところへ向かった。


「謝る相手は俺じゃないでしょ」

「あ……ですね。講師の先生に謝ってきます!」

「違うだろ!!」


 すでに会議室へ出た講師の先生を追いかけようとしたその時、強い口調で否定された。初めて聞く、漆山先生の怒鳴り声だった。


「これは何のための勉強会なんだ? 何のために君はここにいる?」


 漆山先生の真剣なまなざしが俺の腑抜けた心を見透かす。


「君が謝る相手は患者さんだよ」


 あまりにも自分が情けなかった。

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