第13話

「それじゃあ、赤ちゃんの様子を見ていきますね」


 エコー機を患者さんのお腹にあてて慎重に動かす。初めてやった時に比べたら慣れてはきたけれどやっぱり緊張する瞬間だ。モニター画面を見ながら、ゆっくりじっくりと胎児の様子を調べていく。


 俺は最近、診察補助から少しだけステップアップした。いつもは指導医である漆山先生の後ろで診察の様子を見学しているか、カルテの記入や診察準備を手伝うのが主な仕事だったが、こうして先生の代わりにエコー検査を任されるようになった。


「頭のサイズは、8cm。体重は約1800kgですね。うん、順調に大きくなっていますよ。羊水の量も問題ありません。お顔は……あ、今丁度お手手で顔を隠してる。恥ずかしがり屋さんなのかな」


 しっかりと見るべきポイントは見つつ、妊婦さんと軽い雑談をする余裕が持てるようになってきた。これは漆山先生がいつも大切にしていることだ。妊婦さんは検診時とても緊張している。胎児を観察することは勿論だけど、漆山先生は患者であるお母さんのこともよく見ている。


 胎児が大きくなればなるほど母体への負担も増す。それは身体的なものだけではない。そのことを漆山先生はいつも考えながら診察していた。俺も同じように、というには足下にも及ばないけれど、それでもせめて今自分が出来る限りのことはやりたかった。


「なんか最近ますます調子いいね、千昭くん」

「そうですかね。あんま自分で実感ないですけど、もしそうなら指導医先生のおかげっす」

「お、そんなことも言えるようになったの。成長! 生意気!」


 昼飯のうどんを食いながら、漆山先生と笑い合う。でも、確かにちょっと余裕が出てきたのは事実だ。


「やっぱさぁ、お付き合いしている人でもいるんじゃないの?」

「……いや、お付き合いっつーか」


 思わず口走った言葉に、はたと我に返る。最後まで言い切る前に黙り込む俺を見ながら、漆山先生が無言でちゅるっと一本麺をすする。自分の顔が赤くなってるのが分かって顔を上げられない。


 別に彼女じゃねぇ。告白もしてねぇ。

 ただ、俺が一方的に気になっているのは確かだったからとっさに言葉にでちまった。バカ。俺、ほんとバカ。


 漆山先生はそれ以上突っ込まずに、ふっと笑って今度は勢い良くズズッとうどんをすすった。こういう時、深追いしないでいてくれるのも、この先生が指導医で良かったなと思うところだったりする。


 百衣さんの店は相変わらず開店日と閉店日が不定期で、毎晩顔を合わせるということはなかった。ただ、店が開いていない日にわざわざコンビニでスイーツを買うということはなくなった。


 仕事に忙殺されていた日々、あれほどコンビニスイーツに唯一の救いを見出していたのに、今では甘いもの自体百衣さんの店以外では買う気がしなくなっていたのだ。


 会いたいなと思っている自分がいる。

 甘いものが欲しい日も、欲しくない日でも。

 

 人間なのか、たぬきなのか、そんなことは大したことじゃないと思ってしまうぐらいに、俺は百衣さんに惹かれていた。



*********************



 自室のベッドに寝転がり、スマホを見つめる。今度会ったら連絡先聞いてみようかな。

 いや、きもいか。うん。きもいよな。ちょっと常連だからって客に連絡先聞かれるとか迷惑だよな。いやでもなんか俺の母さんのこと知ってるっぽかったし赤の他人って訳じゃないんだし別に全然不自然でもなんでもないんじゃないかそれにだってほらなんだなんだってんだよ言ってみろよだからそのアレだよアレってのは――



『ブブブブブブッ!』


「うわっ!」


 ごちゃごちゃと言い訳を考えていたらスマホが震えた。画面を見ると、叔父さんから電話だった。


「よう! 今いいか?」

「あ、ああ! うん。どうしたの?」

「この間さ、お前、母さんがたぬき好きだったかとか聞いたよな?」

 

 百衣さんのことを考えていたから、叔父さんの質問にかなりドキッとした。


「ああ、うん! 何か思い出したの?」

「たぬき好きだったかどうかは知らねぇけど……むしろその逆じゃねぇかなと思ってよ」

「えっ? 逆?」

「お前の父さん、交通事故で亡くなっただろ? お前は小さかったから覚えてないだろうけど、あの時山道でたぬきと遭遇したのが事故の原因なんだよ」

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