第10話
目が覚めると、見慣れた天井が目に入った。
むくりと起き上がると、これまた見慣れた薄っぺらい布団の中だった。
ここは間違いなく俺の部屋だ。あれからどうやって帰って来たのか思い出そうとしたが、起き抜けだからか日頃の疲労からか、全く頭が働かない。
スマホを見ると、大量の着信履歴が入っていた。
「ったく、何かあったのかと思って心配したじゃねぇか」
「叔父さん、ごめん!」
俺は叔父さんをソファへ促し、コーヒーをいれる。
叔父さんは座らずにきょろきょろと俺の部屋を物色したり、ベランダを開けて外の景色を眺めたりしていた。なんだか、家庭訪問で担任の先生が家に来たみたいな気分だ。
すっかり忘れていたが、今日は叔父さんと会う約束をしていた。
「いい部屋だな。日当たりはいいし、風もよく通る」
叔父さんは母さんの弟だ。普段は喫茶店のマスターをしている。昔から色々と俺の世話をしてくれて、母さんの病気が分かってからも俺たち家族を何かと気にかけてくれている。高校三年の春、母さんが死んだときは一緒に暮らさないかとまで言ってくれた。
俺は大学進学が決まって学生寮に入ることになったから一緒に暮らすことはなかったけれど、こうして今でも連絡を取り合う仲だ。
叔父さんは独身で、まだ40代ということもあり、父親代わりというよりは少し年の離れた兄貴のように俺は思っている。
「これ、土産。うちの新メニューのチーズケーキだ」
コーヒーをテーブルに置き、叔父さんからケーキの入った箱を受け取る。その場でさっそく中身を見る無礼が許されるのは身内だからと甘えている。
俺はキッチンに戻り、皿を三枚取ってチーズケーキを並べた。一人暮らしだからサイズはバラバラなのは仕方がない。中くらいの皿に叔父さん用、小皿に俺用、そして一番大きな皿には父さんと母さん用を。
「線香、上げていいか」
「うん」
カラーボックスの一番上に置かれた二つの位牌の前に俺は大皿を置いた。皿がでかくて半分はみ出しちまってる。ごめんな、もう少し金が貯まったら今よりも広い部屋に引っ越してちゃんとするから。俺は心の中で両親に謝った。
叔父さんが位牌の前で手を合わせる。俺もその隣で同じようにした。
「梓ねぇちゃんが亡くなって7年、達郎さんが亡くなってからはもう20年以上かぁ……早いなぁ」
ケーキを食いながら叔父さんはしみじみ言った。
「父さんは俺が4歳の時だから、そういうことになるね」
俺の父さんは交通事故で亡くなった。
俺はまだ小さかったから全く覚えていないけど、母さんと俺と三人で旅行へ出かけた時、車の運転中に事故を起こして父さんだけ亡くなってしまった。そして、その数年後、母さんに病気が見つかり何度も大きな手術を繰り返して、俺が18歳の時にこの世を去った。医学部合格発表の翌日だった。
「お前はずっと母さんと頑張って生きてきて、母さんが亡くなってからは一人で生きてきて、今や医者になったんだもんな。本当に立派なもんだよ」
「まだ見習いだって」
普段、怒られてばかりだから妙に照れくさい。俺はばくばくと叔父さんのチーズケーキを口に運んだ。
「あ……」
ごくりと口の中のチーズケーキを飲み込んで、叔父さんに尋ねる。
「叔父さんってさ、“リリー”って洋菓子屋、知ってる?」
喫茶店を営み、自分でもお菓子を作っている叔父さんなら知っているんじゃないかと思った。
「“リリー”? 有名な店なのか?」
「……いや、知らないならいいんだ」
そうだよな。叔父さんだってこの街が地元なわけじゃない。知っているとしたら、もしかしたら死んだ母さんだけなのかもしれない。
「因みにさ、母さんってたぬき好きだった?」
「はぁ? そんなの初耳だけど」
「そっか」
母さんに色々と聞けりゃ良かったなと、俺はちらりと位牌を見た。
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