第7話


「いらっしゃいませ!」


 今度は疑問形じゃなかった。プリン屋の女性が出迎えてくれた。ショーケースを見ると、イエローの大皿に透明な小袋に入ったクッキーが並べられていた。袋の口はドット柄のリボンが結ばれている。


「ここってプリン屋さんじゃないんですか?」


 俺は女性に質問した。


「あ、ええと……ひとりで作ってるから、いつも一種類しか作れないんです」


 ああ、なるほど。だから前回はプリンオンリー、で今日はクッキーということか。


「つまり、ここは洋菓子屋さんってこと?」

「甘やかし屋です!」


 思いもよらない店名に一瞬固まる。

 甘やかし屋? それを言うならお菓子屋じゃねぇのか?


「変わった名前っすね」

「えっ? そうですか? 結構気に入ってるんですが……すみません」

「いや、別に謝らなくてもいいんすけど」


 確かに他人がとやかく言うことじゃないか。失礼だったな、俺。外科の先生に喋り方がなってないって怒られたの、今更ながらちょっと納得だ。


「あ、もしかして店が毎日開いてないのもひとりでやってるから?」


 女性はこくんとうなずいた。ひとりで切り盛りしてればそりゃそうか。色々と合点がついて妙にスッキリした。


「色々と試行錯誤中でして……すみません」


 女性は恥ずかしそうにうつむいた。小柄な身長がさらにショーケースからどんどん下に下がって小さくなっていく。


「あー、ええと、そうだ、クッキー! クッキーください。2袋」


 指をVの字にして女性に見せる。女性はぱっと顔をあげて、クッキーを手提げ袋に入れてくれた。


「お会計は100円です!」

「だから安すぎんだって!」


 またかよ!

 なんでクッキーまで一袋50円なんだよ!

 俺のデカい声に女性は再び怯えた顔をした。


「ああ、いや。この間のプリンさ、めちゃくちゃうまかったんすよ。三口で食べ終わっちまったぐらい。だから、そんなに安い値段にしなくてもいいんじゃねぇかなって……」


 あんなうまいプリンを作れる人なら、きっとこのクッキーだってうまいはずだ。それが一袋50円じゃ、なんかあんまりじゃねぇかと思った。


 女性はぽかんとして俺の顔を見ていた。そして、その後にまーっと笑った。


「おいしかったんだ……良かったぁ」

 

 ものすごく嬉しそうな笑顔を向けられて、ドキッとした。


「あの、今日はおまけ入れときました!」


 値段のことには触れずに女性がクッキーの入った手提げ袋を俺に差し出す。俺は何だか焦って、さっと袋を受け取って店を出た。


 通りに出て、自分の胸に手をあてる。心臓がドキドキしている。なんだこれ。突発性の不整脈か?



*********************



「やっぱりめちゃくちゃうめぇ」


 自宅に帰り、早速買ってきたクッキーを頬張る。もっとじっくり味わいたいのにうま過ぎて手が止まらない。


 クッキーは星や丸や三角と色んな形をしていた。星はプレーン、丸はピーナッツバター、三角はチョコだ。あっという間に食い切って、もう一袋食おうかと手を伸ばしたが、我慢した。明日、病院に持って行っておやつにすることにした。


「そういや、おまけ入れたって言ってたな」


 手提げ袋を見ると、小袋が入っていた。こっちは袋がオレンジ色で中身が見えない。リボンをほどき、中を覗くとこっちもクッキーだった。ひとつ取り出し、口へ運ぶ。


 「お、ジンジャークッキーだ! これ好きなんだよなぁ」


 生姜とシナモンのいい香りが口に広がる。もう一つ食おうと袋に手を突っ込んだ。


「……ん?」


 このクッキー、よく見ると変わった形をしている。さっきは形も見ずに口運んじまったが、なんだこれ。星でも丸でも三角でもない。これは……「か」?


 俺は片方の掌に袋の中身を広げた。曲線のついたもの、点々のように丸いもの。ばらばらと色んな形のクッキーが落ちてくる。掌じゃスペースが足りなくて、テーブルの上にティッシュを広げてそこに並べた。


「がばれ……?」


 んん? これ文字か? 点々は濁点だったのか。なんだ、がばれって……?


「あっ!」


 最初に食ったクッキーのことを思い出す。もしかして、俺が食ったのって「ん」じゃねぇか? つまりこれは――


「がんばれ……」


 ぽつりと言葉がこぼれた。言葉に出したら、何故か肩の力が抜けた。


「…………」


 俺はもう一度、「がんばれ」と声に出しながら「れ」の文字を口に運ぶ。ツンとした、生姜とシナモンの風味が、一口目よりも強く感じられた。

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