第38話 意地

 孫が学校から得意げに帰ってきた。

 家で留守番をしていた祖父に、満面の笑みでこう告げる。


「僕ね、今日の体育で、逆立ち一等賞だったんだよ!」

「逆立ち一等賞?」

「うん!クラスで一番長く逆立ちができたんだ!」

「そうか、それはすごいな」


 嬉しそうに笑う孫の頭をくしゃくしゃと撫でながら、祖父は若かりし頃の事を思い出していた。

 今でも毎日の適度な運動は心がけているし、実年齢よりも体力は維持できているはず。それに、運動神経なら若い頃から抜き出ていたという自負もあった。


「じいちゃんも、逆立ちは得意だぞ?勝負してみるか?」

「えっ!?じいちゃん、逆立ちできるの?……大丈夫?」


 孫の心配そうな顔が、逆に祖父の勝負心を刺激した。


「当り前だ!さ、やるぞ!」


 孫の言う逆立ちとは、壁に足を預ける基本的な形。昔は逆立ちして歩くこともできたんだぞと得意げな顔をして、祖父は孫と壁の前に立った。


「「せーのっ!」」


 昔取った杵柄、とでも言おうか。

 孫に負けず、祖父も一発で逆立ちに成功した。だが、時間が経つに連れ、腕はプルプルと震え始め、頭にも血が下がって朦朧としてきはじめる。


「じいちゃん、大丈夫?」


 隣の孫が心配そうに声を掛けてくるが、祖父はなんのこれしきと、大きく頷く。


「まだまだ、大丈夫だ」


 自分から言い出した手前もあるが、こんな小さな子供に負けては年長者の沽券に関わると、祖父はひたすらに耐えた。

 そして。


「あー、僕もうダメだぁ!」


 孫がきれいな弧を描いて両足を地面に戻したのを見届けると、祖父は壁伝いにズルズルと体をすべらせ、床の上に寝そべった。


「すごいね、じいちゃん!一等賞だね!」

「そうだろう?」


 言いながら立ち上がった祖父は、その場でパタリと倒れた。


「じいちゃん?じいちゃんっ!」


 孫の悲痛な叫び声が家中に広がる中、祖父はニヤリと笑って意識を手放した。


 これぞ、じいの意地。


 ……お後がよろしいようでm(_ _)m


【終】

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