第32話 きしめん

 賭けに、負けた。

 他愛のない賭けなので、捕まることはない。

 プロ野球の終盤戦に入った時に優勝チームを予想して、昼飯を賭けたのだ。


「で?何食いたいんだ?」


 そう尋ねると、勝った相手はニヤリと笑って言った。


「当ててみてくれよ」

「は?分かるわけ無いだろ」

「当てられなかったら、大盛り奢りな!当てられたら、普通盛りで我慢してやる」


 勝手に賭けを追加され、文句を言うまもなく連れて行かれたのは、近所の剣道場。そこでは子供たちの試合の真っ最中だった。


 剣道。

 そこで、ピンときた。


「麺、だろ?」


 剣道の決まり手には『面』がある。だから、『麺』と掛けたのだと思ったのだ。


「何麺?」

「えっ……ラーメン、とか?」

「ファイナルアンサー?」

「いや……つけ麺か?」

「僕イケメン。いや、言わせるなよ。ファイナルアンサー?」

「言わせてないけど。うーん、じゃ、ラーメンで」

「ブッブー!残念でした!大盛り決定な!」


 喜ぶ相手の顔が、少しだけ小憎らしい。しかも確かにイケメンなところが、余計に腹が立つ。


「じゃあ、なんなんだよ?」

「いいから見てろって」


 そう促された剣道の試合。

 ちょうどそのすぐ後、きれいな『面』が決まって、試合が終わった。


「見てみろ、勝った子の名前」

「ん?……岸くん、か?あっ」


 ようやく答えがわかった。

 素直に言えばいいものを、まどろっこしい。

『きしめん』だろ。


【終】

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