第24話 共鳴

 雨が傘に当たる音は、嫌いではない。

 割りと好きな方だ。

 と、千津は思った。


 ……え?

 千津って、誰?


 ある日突然頭の中に現れた聞いたこともない名前に戸惑う。友達の中に千津という名前の子はいない。もちろん、自分の名前でもない。

 雨粒は変わらずに傘を叩き続け、愉快な音を響かせている。


 雨が傘に当たる音は、嫌いではない。

 割りと好きな方だ。

 でも、千津なんて名前は、知らない。


 なのにまた頭に響く言葉。


 雨が傘に当たる音は、嫌いではない。

 割りと好きな方だ。

 と、千津は思った。


 不思議に思って、家に帰るとすぐに母に聞いてみた。


「お母さん、千津、って名前の人、知ってる?」

「え?」

「雨が傘に当たる音が好きな人、なんだけど」

「えぇっ?!」


 何故か母は驚いたように目を見開いた。

 そして、こんなことを話してくれた。


「実はね、あなたが生まれる前にお母さんのお腹の中に宿った命があったのよ。性別なんて全然まだわからない小さな小さな命。でも、悲しいことに、生まれてくることは無かったの……流産してしまって。その子をね、お母さんはコッソリ千津って、呼んでたの。そう言えば、千津がお腹にいたのはちょうど梅雨の時期でね、お母さん、その時は何故か雨の日が好きだったのよね」


 不思議なこともあるものだな、と思った。

 兄だか姉だかはわからないが、きっと千津はその、生まれてくることができなかった子なのだ。そして、母のお腹の中でほんの短い期間、傘に雨が当たる音を楽しんでいたのだろう。


 天に昇った兄か姉、千津の魂が、雨の音を楽しんでいる自分の気持ちに共鳴したのかもしれない。

 そんなことを思った。



【終】

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