第21話 天狗と少年

 ”自分の一番の宝物をお供えすると、天狗様に会えるかもしれないよ“


 そう教えられた少年ーというよりは幼いその子供は、自分の一番の宝物を片手に握りしめ、面倒そうな顔の兄の手をもう片方の手で握りしめて、自宅近くの山を登っていた。そこは昔から『天狗山』の愛称で呼ばれている山。この地域では天狗の言い伝えも数多く残されていた。


「あのな、もし天狗に会えなくてもがっかりするなよ?天狗なんて、人間が考えた想像上の生き物なんだからな?」


 既に小学校の高学年になっている兄は、期待に胸を弾ませている小さな弟にそう言い聞かせる。


「ちがうもん!天狗様は絶対にいるもん!」


 弟は頑として兄の言葉を受け入れなかった。


 頂上につき、『天狗岩』と呼ばれる大きな岩の上に、弟は自分の宝物を大事そうにそっと置いた。そして、ワクワクしながら天狗の登場をその場で待った。

 けれども。

 1時間経っても2時間経っても、天狗は現れなかった。


「な?だから言ったろ?」

「……うん」


 明らかに落ち込んでいる小さな弟の姿に、兄は思わずこう口にしていた。


「今日は天狗様、忙しかったんじゃねぇの?」

「えっ?」

「もう遅いから、今日は帰るぞ。また会いに来てみような」

「うんっ!」


 兄の言葉に弟はようやく元気を取り戻し、兄の手を握りしめて山を降り始めた。

 ちょうどその頃。

『天狗岩』に姿を現した者がいた。

 長い鼻が特徴の、赤い顔をした天狗だ。


「いかんいかん、寝過ごしてしもうた……ん?なんじゃいのう、これは」


『天狗岩』に置かれていたものを手に取り、天狗はしげしげと眺め回す。

 それは、曲がった木を平べったくしたような、不思議な形をしている。

 握りしめたり、コツコツと叩いて音を出したりしてみたが、天狗にはそれが何やらサッパリ分からず、とうとう『天狗岩』の上に放り投げた。


「こんなもんは、要らん」


 不機嫌そうな顔で懐から大きな葉団扇はうちわを取り出すと、天狗は『天狗岩』にむかってバッサバッサと風を送る。

 と。

『天狗岩』の上に放り投げたモノが、勢いよく宙を待って遠くへと飛び出していった。


「なんじゃあ……ありゃあ」


 あっけにとられてその光景を眺めていた天狗だったが、やがて「よっこらしょ」と『天狗岩』の上に腰をおろした。


 その頃。

 下山中の兄弟の頭上を、ものすごい勢いで何かが通り過ぎた。

 見上げた弟が、兄の手を握りしめながら、その場で大きく飛び跳ねる。


「天狗様だ!兄ちゃん、天狗様が僕のブーメラン、気に入ってくれたんだ!」

「……ウソだろ……」


 一緒に空を見上げた兄は、呆然とした顔で呟いた。


 暫くの後。


「あいたっ!」


 ゴンッ、と鈍い音をたてて頭に当たり、『天狗岩』の上にコツンと音を立てて落ちた物を見て、天狗は驚いた。

 それは、だいぶ前に自分が葉団扇で仰ぎ飛ばしたはずのものだった。


「面白い……戻ってきおった、これは面白いのぅ!」


 その夜。

『天狗山』からは、愉快そうな笑い声が一晩中続いたとか続かなかったとか。


【終】

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