第19話 太陽
『北風と太陽』という童話がある。
一人の旅人の外套(コート)を巡って、北風と太陽、どちらが脱がせられるかを競うという話だ。
結果は、太陽の勝ち。
北風の力づくの風では旅人の外套を脱がせることは叶わず、太陽の優しい暖かさが、旅人の外套を脱がせることに成功した、というお話。
孫にせがまれるままに話を読み終えたが、孫は納得のいかない顔で小首を傾げてこう言った。
「旅人さんは、ちゃんと日焼け止めを塗っていたの?」
「えっ?」
「日焼け止め塗らないと、火傷しちゃうよね。あぶないよね。こんなに太陽さんが近くでギラギラしているなら、コートは脱がない方がいいんじゃないかなぁ?」
時代は変わってしまった。
地球に降り注ぐ紫外線を防いでくれていたオゾン層は尽く破壊され、今やなんの処置もせずに太陽光に当たるなど、自殺行為もいいところだ。
「これはね、昔々のお話なんだよ。まだ、太陽の光にそのまま当たっても、火傷なんてしなかった頃のお話」
「ねぇ、その頃のお話、聞かせて」
「うん。その頃はね、『日光浴』って言って、太陽の光を浴びることもあってね」
「『月光浴』みたいに?」
「似ているけど、ちょっと違うかな。『日光浴』は、ポカポカと暖かくて気持ちが良かったんだよ。気持ち良すぎて寝てしまうくらいに」
「えー、うそだぁっ!」
孫の言葉を聞きながら、完全遮熱の窓越しに外を眺める。各家ごとに透明な紫外線遮断壁に囲まれている現代、家から出るには全身に日焼け止めを塗るのはもちろん、UVカットの防具を身につけるのは当たり前の世の中になっていた。
屋外でのスポーツなどもってのほかで、海水浴だって、紫外線遮断癖に囲まれた範囲のみ遊泳可能となっている。……もっとも、そんな危険を犯してまで海水浴を楽しもうとする人など、ほとんどいなくなってはいたが。
「いいなぁ……そんなに気持ちいい『日光浴』、してみたかったなぁ」
孫の何気ない言葉が、突き刺さる。
はからずも、環境破壊の一端を担ってしまったという責任感。
申し訳ない気持ちで、胸が一杯になった。
【終】
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