第16話 ジコセキニン
「社長、申し訳ありません。ステープラーが壊れてしまったので、購入しても」
「使い方が悪いから壊れるんだろう?自己責任だ。自分で買ってくれ」
うちの会社の社長は、前社長の忘れ形見の2代目だ。先代の社長とは大違いで、社員の努力を見ようともせず、おまけに『ド』がつくほどのケチだった。
好きな言葉は『自己責任』のようで、我々社員は日に何度も聞かされていた。
ある時、定年間近の生え抜きの社員が、肺炎で入院してしまった。幸いなことに軽い肺炎だったため、入院期間はそう長くはなかったものの、社員一同としてお見舞金を渡すことにした。もちろん、お返しなんて絶対に無しということで。
社長も当然お見舞金くらいは渡すだろうと思いきや、お決まりの言葉で一刀両断だった。
「何を言っているんだ?体調不良など、それこそ自己責任の最たるものだろう?会社だって彼の急な休みで迷惑を被っているんだ。そのうえ何故見舞いなど」
我々社員は先代の温かな人柄に惚れて、苦しい時もみんなで今まで乗り越えてきた。現社長も、途中からではあったがここで働いていた社員だ。
ほんの少しでも現社長の中にあの当時の思いが残っていることを期待して聞いてみたのだが、結果は残念極まりないものだった。
その後も社長の『自己責任』の言葉は、耳にタコができるほど聞かされていたし、我々も慣れっこになってしまっていた。
そんなある日。
社長が自ら運転する車で事故を起こして怪我をし、入院することとなった。
スピードを出しすぎてカーブを曲がりきれず、民家の壁に突っ込んでしまったらしい。
入院は思いの外長期に及んだが、社員は誰一人として、見舞いに行かなかった。
「社長が入院したんだぞ?!見舞いの花も無い、誰ひとり見舞いにも来ないとは、どういうことだ?!」
退院後、会社に顔を出したら社長はそう喚き散らしたが、先日肺炎で入院した定年間近の生え抜きの社員が、穏やかな口調でこう言った。
「自己責任のようですからねぇ。事故も、お怪我も」
以降。
社長の口から『自己責任』という言葉を聞くことはなくなった。
【終】
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