第14話 眼鏡

 会社に着いてすぐに、いつものように眼鏡をかける。目が悪い訳では無い。ファッションとして取り入れている伊達眼鏡だ。一応、ブルーライトカットの効能もあるが。新調した眼鏡のため、本日が初お披露目だ。


「おはようございます」


 会社に入ったばかりの新人と顔を合わせた。


「……おはよう」


 彼女の斬新なワンピースに少しだけ面食らったが、なんとかいつも通りに接することができたと思う。

 彼女は黒のシックなワンピースを着ていたのだが、腹の部分だけがまるで腹づつみを叩くキャラクターの狸のように真っ白だったのだ。


 それにしても変わったデザインだな。


 ふと周りを見てみると、似たようなデザインの服を着ている社員が何人もいた。もしかして、今の流行りなのだろうか?


 そう思って席まで向かう途中、ライバルとも言える同僚と顔を合わせた。


「よう、おはよう」

「……おぅ、おはよう」


 お前もか。

 と、声には出さずに飲み込む。

 そいつは白のポロシャツを着ていたのだが、腹の部分だけが黒かったのだ。


 狐につままれたような気持ちで席について周りを見回してみると、どうやらみな腹の部分だけが黒、灰色、白のどれかの色なことがわかった。


 おかしい。

 誰も彼もがこんな服を着ているはずがない!


 眼鏡を外し、目頭を抑えて軽く頭を振りもう一度周囲を見回す。

 すると。

 みなの腹の色は普通の色に見えた。つまり、それぞれが着用している服の色に。


 疲れていたんだな……


 納得して再度眼鏡をかけると、やはり、みなの腹の色が黒や灰色や白に見える。

 そこでようやく、気づいた。


 この眼鏡は、その人の腹の内の色が見えるのか!


 考えてみれば、今朝一番に顔を合わせた新人は、素直で真っ直ぐな人だし、次に会ったライバルは腹黒の噂のあるヤツ。


 これは、便利なものを手に入れたものだ。


 周囲に気づかれないよう、一人ほくそ笑んだ。


 腹が白いヤツは真正直だから、動かしやすい。腹が黒いヤツは、何を企んでいるかわからないから慎重に、でも最後には手のひらの上で転がす。腹が灰色のヤツが一番厄介で、けれども時と場合によって使い分ける。


 そうこうしている内に、人の使い方が抜群に上手いと噂になるようになった。上司さえも手玉に取ると。

 少しだけこそばゆく思いながらも、ある日眼鏡をかけたまま自分の全身を鏡で見て、愕然とした。


 腹が、黒を通り越してヘドロのようなきたならしい色になっていたのだ。


 その日すぐに伊達眼鏡を再度新調し、あの伊達眼鏡は引き出しの奥の奥へとしまった。

 もう二度と使うまいと、心に決めて。


【終】

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