第4話 川遊び

 ぐるぐると、景色が回転していた。

 いや。

 回転しているのは、自分。

 大人の膝くらいまでしかない川の中を、でんぐり返しを繰り返しながら、流され続けている。

 これは、川で溺れて流されている状況と言えるだろう。

 だが、不思議なことに恐怖は無かった。

 息苦しささえ、感じた覚えはない。

 覚えているのはただ、澄んだ川の中から見上げた空の青さだけ。

 水面に反射している陽の光が、川の中からでもキラキラと輝いて見えた。


 その後、まだ就学前の幼かった自分がどうやってその状況から無事生還したのか、記憶にはない。

 一緒に川に来ていたはずの親に聞いても、そんな事は知らないという。

 この、川で流された記憶自体が夢だったのかと思ったこともあったが、当時一緒に川で遊んでいた自分よりもまだ幼い従兄弟が、成すすべもなく転がり流されていく姿を見ていた覚えがあるというので、実際に起こったことなのだろう。

 ちなみに、この従兄弟が自分を助ける事は不可能に等しい。確かこの時彼は、3つか4つの幼子だったのだから。

 溺れたにも関わらず、自分には水に対する恐怖が全くと言っていいほどに、無い。むしろ、水との相性はとても良い方で、泳ぎも得意だ。そのことが、ずっと不思議でならなかった。


 大人と呼ばれる年になってようやく、当時その場にいたであろう親や親戚から話を聞き、溺れたと思われる川へと足を運んだ。

 その川は親の実家の近くにある川で、溺れて以来一度も訪れてはいなかった。

 最初の印象は、懐かしい、だ。

 川で溺れた記憶しか、自分の中には無いというのに。


 平日ということもあるのか、あたりに人の姿はない。

 思い切って、靴と靴下を脱いで、川の中に足を浸す。

 相変わらず、水嵩は膝ぐらいまでしか無い。

 いくら小さかったとは言え、こんなにも浅い川で本当に自分は溺れて流されたのか、と疑問が頭をもたげてきた時。


『おかえり』


 どこからともなく、声が聞こえてきたような気がした。


 その時、突然思い出した。


『一緒に遊ぼう』


 そう自分を誘ってきた、あの日の声を。

 幼かったあの日の自分は、ただ、一緒に遊んでいただけだったのだ、この川と。


「ただいま」


 もし仮にまた誘われても、もうさすがに一緒に遊ぶ気はなかったけれど。

 浸した足でバシャバシャと水を跳ね上げると、嬉しそうな笑い声が風に乗って、どこからともなく聞こえてきたような気がした。


【終】

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