第3話 共生

 目の前に、真っ赤な木の実が成っている。


 そう聞いたら、何を思い浮かべるだろうか。


 りんご?

 さくらんぼ?

 木苺?


 大抵は、そんなものだろう。

 だが、今目の前に成っているこの実は、そのどれでもない。

 手を伸ばせばすぐ届く場所に成っているその実は、思わず涎が出てしまうほどに美味しそうだ。


 数時間前にこの木の前で別れた人間の恋人にも是非味あわせてやりたかったが、もうここにいない恋人に味あわせるなど、どう考えても無理な話。それに、そもそも人間の口には合わない味だ。

 加えて言うなら……


 ああ、先に説明をしようか。

 今、目の前にあるこの木は、食肉樹。

 つまり、動物を取り込んで栄養分としている樹だ。取り込む動物は主に肉食動物。だから、この食肉樹はこうして、取り込んだ動物の血液を果実として溜め込み、良きところで破裂させる。その、血の匂いに誘われて、新たな獲物がやってくるという仕組みだ。実に良くできている。


 そうそう、先程、人間の恋人とは残念ながらこの木の前で別れたという話をしたね。

 どうしても我々吸血鬼の仲間にはなれないと、交渉が決裂したためだ。

 我らが吸血鬼であることを打ち明けここで契りを交わし、共にあの美味なる果実を味わいたかったのだが、こうなってしまっては、食肉樹の餌食となる恋人を見送るしかあるまい。

 人間としてずっと一緒にいたいと、泣いて縋った恋人の姿が、今も目に焼き付いている。


 目の前に成っている、真っ赤な木の実。

 中に詰まっているのは、先程食肉樹が取り込んだ元恋人の血液だ。

 ずっと、我慢に我慢を重ねて吸血行動を抑制していた、元恋人の血。それが今、目の前に……


 破裂してしまう前にと、手を伸ばしてそっと真っ赤な果実をもぎ取る。

 野球のボールほどのその果実は、プルンと揺れて、まるで『早く食べて』と誘っているようだ。


 では、遠慮なく。


 ……旨い……


 人間の血を吸っているという罪悪感も無く、ただ、美味なる果実を食しているという実感のみ。

 食肉樹には、我らの正体を知り、尚且つ仲間になることを拒んだ人間を与えている。


 これぞ、この上ない【共生】というものではないだろうか。


 ……よもやあの恋人が仲間になることを拒むとは予想もしておらず、そこは胸が痛むところではあるが、致し方ない。

 また、新たなる恋を探しにゆけばいい。


 さて、では新たな恋でも……


 おっと、ここらは飛び散った血液で足元が滑るから気をつけねば……わっ、しまった!

 肉食樹の触手に捕まった!

 たっ、たすけっ……


 ……元恋人の執念だろうか。

 これではもはや、食肉樹の中での【共生】となりそうだ。


【終】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る